メタルフリーペロブスカイト物質が示す強誘電性と可視光発光の協奏 ―多機能デバイスへの応用に期待―

本研究成果は、2022年6月22日に米国科学誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 金光義彦 教授、半田岳人 特定助教(現:コロンビア大学JSPS海外特別研究員)、湯本郷 助教、若宮淳志 教授、橋本塁人 博士後期課程学生、中村智也 助教の研究グループは、金属を含まないハライドペロブスカイト物質MDABCO-NH4I3において、強誘電性と可視光発光が同時に発現し、さらにこれらの特性が互いに相関していることを発見しました。この物質は従来の金属ペロブスカイトとは異なり、希少な金属や有害な元素を含まない上に、低温溶液法で作製できるという特徴も持っています。強誘電体は不揮発性メモリーとして用いることができるため、発光特性とメモリー機能を併せ持つ多機能デバイスなどへの応用が期待されます。

 
図1 本研究の概要図。強誘電性と発光特性が、金属を含まないペロブスカイト物質MDABCO-NH4I3で観測された。さらに、励起光の偏光方向と強誘電分極方向が揃った時に強い発光が現れる。
 
1. 背景
 ペロブスカイト物質は、化学式ABC3で表される固体化合物であり、A、B、Cに用いる元素に応じてさまざまな性質を示します。これまでに、強誘電性や強磁性、超伝導、発光、光電変換などの特性を示すペロブスカイト物質が発見されてきました。ペロブスカイト物質の示す多岐にわたる特性は、固体物理学の進展に貢献するとともに、不揮発性メモリーやアクチュエーター、太陽電池などへ応用され今日の社会を支えています。
 1つのペロブスカイト物質中で2つ以上の特性を同時に発現させることができれば、複数の機能を併せ持つ多機能デバイスへの応用が期待できます。さらに、2つの特性が共存するだけでなく、これらが互いに相関していれば、片方の特性を制御することでもう片方の特性を変化させるといった、ユニークな機能を実現できる可能性があります。数ある特性の中でも、ペロブスカイト物質はとても優れた発光特性と強誘電性を示し、これらの性質は他の物質群を凌駕します。発光と強誘電性が共存・相関するペロブスカイト物質を見つけることができれば、新しいタイプの光電機能やデバイス応用につながることが期待されます。
 
2. 研究手法・成果
 今回本研究グループは、2018年に合成が報告された強誘電ハライドペロブスカイト物質MDABCO-NH4I3 (MDABCO = N-methyl-N’-diazabicyclo[2.2.2]octonium)に着目し、複数の光学測定を組み合わせた研究を行いました。高品質な単結晶試料を用意し、第二高調波発生(SHG)と発光の応答を計測しました。
 
 
図2 (a) SHG光および(b)発光強度の励起光偏光依存性。(c) SHG測定から決定した結晶方位(左)と測定した単結晶の実空間イメージ(右上)。赤色の矢印は結晶軸方向、オレンジ色の矢印は発光強度の異方性の方向を示している(右下)。強誘電分極はbR + cRと平行な方向を向いている。
 

 研究グループはまず、MDABCO-NH4I3が強いSHGおよび寿命の長いオレンジ色の発光を室温で示すことを観測しました。SHGは物質の空間反転対称性の破れに起因しており、発生したSHG光の偏光状態を調べることで強誘電分極方向に関する情報を得ることができます。実際に、強誘電―常誘電相転移温度でSHG信号が消失することを確認しました。
 次に、偏光分解SHG測定と偏光分解発光測定を組み合わせることで、強誘電特性と発光特性の関係を調べました。図2aに示すように、MDABCO-NH4I3において励起光の偏光方向に応じた異方的なSHG信号が観測されました。この結果を用いることで、結晶方位とそれと関連する強誘電分極方向を決定できます。さらに、SHG測定を行ったのと同じ試料位置で発光の励起光偏光依存性を測定した結果、発光強度にも強い異方性が現れることを発見しました(図2b)。複数の試料に対して光学測定と解析を行うことで、強い発光が現れる方向が強誘電分極方向とほとんど平行であることを突き止めました(図2c)。これらの結果は、一つの物質中で発光と強誘電性が共存し、それらが互いに相関していることを示しています。

 
3. 波及効果、今後の予定
 強誘電性と発光を単一の相で示す物質は珍しく、なかでも異方的な発光特性を示す強誘電体はこれまで知られていませんでした。今回の研究で、MDABCO-NH4I3が異方的な発光特性を示し、さらにこの異方性が強誘電性と相関していることを明らかにすることができました。これらのユニークな特性が、有害な元素や希少な金属を用いてないMDABCO-NH4I3で得られたことは特筆すべき成果です。また、この物質は100℃以下の低温溶液プロセスで作製できるため、フレキシブルな形状のデバイスなど、さまざまな素子構造での利用が期待されます。
 強誘電体では、外部から電場を印加しなくても物質中の電気分極の向きが揃っており、電場印加によってその方向を反転させることができます。この性質を利用することで、不揮発性メモリーをつくることができます。強誘電性と発光特性が共存・相関するMDABCO-NH4I3を用いることで、光によるメモリー情報の非接触な読み出しなどの応用が可能になると考えられます。電気的特性と光学的特性の両立に基づく新しいタイプの光電デバイス応用への展開が期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、JSPS 科研費・特別推進研究(JP19H05465)、JST-CREST (JPMJCR16N3)の助成金の支援を受けて行われました。
 
5. 研究者のコメント
 本研究で明らかになった発光と強誘電性の共存・相関というユニークな性質は、ペロブスカイト物質群の持つ物質設計の自由度の高さをうまく利用することで可能となっています。電気分極を持つMDABCO分子を、発光をよく示すハロゲン化ペロブスカイト構造中に組み込むことで新しい光機能を得られることがわかりました。今回の結果は、強誘電体中の電子状態を、光学的手法を用いて探るといった基礎研究にもつながると考えています。今後も、機能性材料としてのペロブスカイト物質の魅力をうまく引き出せるように研究を続けていきたいと思います。(半田岳人)
 

●用語解説●

強誘電性強誘電性を示す物質(強誘電体)では、外部から電場を印加しなくても物質中の電気分極の向きが揃っており、さらに電場印加によってその方向を反転させることができます。この性質から、メモリー素子などへ応用されています。

 

不揮発性メモリー外部からの電力の供給が無くても、保存している情報が失われないメモリーのこと。

 

第二高調波発生(SHG)ある周波数ωの光が、2倍の周波数2ωの異なる色の光に変換されること。SHGは空間反転対称性が破れた系に比較的強い光を当てると起こります。緑色のレーザーポインターが発する光は、近赤外の光をSHG過程を用いて緑色に変換することで得られています。

 

空間反転対称性の破れ質中のある点から見て、ある方向とその逆の方向で原子配置が異なること。強誘電体(変位型)では、プラスとマイナスの電荷を持つ原子の空間的なかたよりが強誘電分極をもたらすため、必ず空間反転対称性の破れが存在しています。

 

偏光状態光の進行方向に対して光電場がどのように振動しているかを表す言葉。光電場が常に同じ方向に振動している光を直線偏光と言い、水平方向に振動する光を水平偏光、垂直方向に振動する光を垂直偏光の光と言い表すことできます。本研究ではSHG光や発光の偏光方向が結晶軸とどのように関係しているかを調べています。