光駆動型セミピナコール転位反応の開発に成功 ―複雑なカルボニル化合物の自在合成に期待―

本研究成果は、2022年5月13日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 大宮寛久 教授、金沢大学医薬保健研究域薬学系 長尾一哲 助教、同大学大学院医薬保健学総合研究科創薬科学専攻 古戸大芽 博士前期課程2年(研究当時)らの共同研究グループは、青色LEDと、金属を含まない有機光酸化還元触媒によって駆動する転位反応を開発し、複雑なカルボニル化合物を自在に合成することに成功しました。
 転位反応は通常の化学結合形成反応では実現困難な「分子構造の骨格組み換え」が実現できるため、複雑な生理活性天然物の全合成に古くから用いられてきました。中でも、各種有用化学品の合成に適用できる「セミピナコール転位」は、α-ヒドロキシカルボカチオンを共通中間体とし、かさ高いカルボニル化合物を与える転位反応の1つとして知られています。しかし、転位反応のための出発原料の供給が困難であることや、カルボカチオンを発生させるためには強力な酸性もしくは酸化条件が必要であることといった問題点がありました。
 本研究では、青色LEDと有機光酸化還元触媒を活用することで、容易に合成可能なβ-ヒドロキシカルボン酸誘導体が、従来法より穏和な反応条件でセミピナコール転位を起こすことを見出しました。本手法により、複雑なカルボニル化合物を迅速かつ高効率で供給することができ、生理活性天然物の全合成や創薬研究の加速につながると期待されます。

 
 
本研究の概要図 青色LEDと有機光酸化還元触媒によるセミピナコール転位反応
 
1. 背景
 転位反応は通常の化学結合形成反応では実現困難な「分子構造の骨格組み換え」が行えるため、複雑な生理活性天然物の全合成に古くから用いられてきました。中でも、「セミピナコール転位」は、α-ヒドロキシカルボカチオンを共通中間体とし、かさ高いカルボニル化合物を与える転位反応の一つとして知られています(図1右)。これまで、セミピナコール転位は、OH(ヒドロキシ)基が置換した炭素の隣の炭素にハロゲンなどの脱離基(LG)を持つ原料に対して強力な酸を作用させていました(図1左上)。しかし、この原料の合成が困難で、強い酸性条件に起因して官能基許容性が低い、といった問題点がありました。したがって、複雑な生理活性天然物の全合成に応用するには、多工程に及ぶ基質合成や保護基の利用が必要不可欠でした。
 
 
図1 従来法と本手法の比較
 
2. 研究手法・成果
 研究グループは、青色LEDと有機光酸化還元触媒を活用することで、容易に入手可能なβ-ヒドロキシカルボン酸誘導体がセミピナコール転位反応を起こすことを見出しました(図1左下)。本研究の成功の鍵は、有機光酸化還元触媒により1電子移動を制御することで、カルボカチオン種を温和な条件下で発生させたことです(図2)。青色LED照射下、有機光酸化還元触媒がβ-ヒドロキシカルボン酸誘導体に電子を1つ渡すことで、カルボン酸誘導体は分解して炭素ラジカルを与えます。炭素ラジカルは電子1つを有機光酸化還元触媒に返すことでカルボカチオン種となり、セミピナコール転位が起こります。有機光酸化還元触媒が、原料の分解を介しながら電子を順序よく出し入れすることで、セミピナコール転位のトリガーとなるカルボカチオンの発生を可能にしました。
 
 
図2 本手法の反応機構
 
 本手法は40種類以上の複雑なかさ高いカルボニル化合物(ケトンやアルデヒド)の合成に適用可能でした。本手法により、酸性条件で分解してしまう官能基も保持しながら、目的物を得ることができました。また、12員環や6員環のケトンと脂肪族カルボン酸から合成したβ-ヒドロキシカルボン酸誘導体を基質として本手法に適用すると、出発原料から形式的に1炭素拡大した環状ケトンを得ることが可能でした(図3)。
 
 
図3 環拡大反応への応用
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究で開発した手法は、容易に入手可能なβ-ヒドロキシカルボン酸誘導体から、複雑なカルボニル化合物を温和な条件で供給することが可能です。具体的には、強酸や電気化学的酸化などの反応条件が不要なため、保護/脱保護工程が不要など反応工程数の低減が可能となります。本手法により、複雑なカルボニル化合物を迅速かつ高効率で供給することができ、生理活性天然物の全合成や創薬研究の加速につながると期待されます。また、恒久的なエネルギーである光と希少価値の高い金属を含まない有機光酸化還元触媒を利用しているため、環境に優しい合成技術として持続可能な社会の実現に貢献することも期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、JSPS科学研究費補助金「基盤研究A (JP21H04681)」、「若手研究(JP21K15223)」、「新学術領域研究(JP17H06449)」、「学術変革領域研究A(JP21H05388)」、有機合成化学協会研究企画賞「大正製薬 研究企画賞」、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「電子やイオン等の能動的制御と反応(JPMIPR19T2)」の支援を受けて実施されました。
 

●用語解説●

有機光酸化還元触媒光を吸収して他の分子と一電子酸化および還元を起こす触媒のことを指す。有機光酸化還元触媒は主に炭素、水素、窒素、硫黄などで構成され、金属原子を含まない光酸化還元触媒を指す。

 

転位反応化合物を構成する原子または置換基が結合位置を変え、分子構造の骨格変化を生じる化学反応。

 

カルボニルC=O構造を持つ有機化合物。

 

生理活性天然物生理活性をもつ天然物。

 

セミピコナール転位1,2-ジオールが酸によって脱水しながら置換基の転位を起こしカルボニル化合物を与える反応のことを「ピナコール転位」という。1,2-ジオールの片側のOH(ヒドロキシ)基が脱離しやすい官能基に置き換えた分子での同形式の転位を「セミピナコール転位」という。

 

α-ヒドロキシカルボカチオンカルボカチオンとは炭素原子上に正の電荷を持つ化学種のことを指す。α-ヒドロキシカルボカチオンは、正の電荷を持つ炭素原子の隣の炭素がOH(ヒドロキシ)基を持つカルボカチオン。

 

β-ヒドロキシカルボン酸カルボン酸はCOOH構造を持つ有機化合物。β-ヒドロキシカルボン酸は、COOHの置換している炭素の隣の炭素がOH(ヒドロキシ)基を持つカルボン酸。

 

ハロゲンフッ素、塩素、臭素などの第17族元素。

 

保護基反応性の高い官能基をその後の反応で不活性な官能基に変換するための官能基。

 

炭素ラジカル炭素原子上に不対電子を有する化学種。