強酸を用いずにアルケンのヒドロアルコキシ化を達成 ―ジアルキルエーテル含有医薬品の高効率合成に期待―

本研究成果は、2022年4月27日にアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 大宮寛久 教授、金沢大学医薬保健研究域薬学系 長尾一哲 助教、同大学大学院医薬保健学総合研究科創薬科学専攻 中川雅就 博士前期課程2年、同大学医薬保健学域薬学類 松木祐樹 6年(研究当時)らの共同研究グループは、温和な条件で、アルケンアルコールを原料として、ジアルキルエーテルを合成することに成功しました。
 ジアルキルエーテルは医薬品・天然物に見られる重要な構造の一つです。アルコールの酸素―水素結合を切断しアルケンに付加させる「アルケンのヒドロアルコキシ化反応」は、高い付加価値をもつジアルキルエーテル骨格を簡便に構築する有機合成手法として知られています。しかし、この反応を進行させるには硫酸のような強い酸の利用が必要であり、酸に弱い官能基を有する医薬品および天然物合成への適用は限られていました。
 本研究では、青色LED照射下、弱い酸触媒、有機光酸化還元触媒、コバルト触媒の3つの触媒を活用することで、従来法よりも遥かに温和な条件でアルケンの分子間ヒドロアルコキシ化反応を達成しました。本手法は高度に官能基化されたジアルキルエーテル化合物を、容易に入手可能なアルケンとアルコール原料から、1段階で合成することが可能であり、創薬研究の加速につながると期待されます。

 
 
本研究の概要図 光酸化還元/コバルト/ブレンステッド酸触媒によるアルケンのヒドロアルコキシ化反応
 
1. 背景
 ジアルキルエーテルは医薬品・天然物に見られる重要な構造の一つです。ジアルキルエーテル構造の最も単純な構築法の一つとして、アルコールの酸素―水素結合を切断しアルケンに付加させる「アルケンのヒドロアルコキシ化反応」が挙げられます(図1上左)。アルケンに強力な酸を作用させることでカルボカチオンが発生し、その後、アルコールと反応することで炭素―酸素結合が形成されます。しかし、反応性の乏しい脂肪族アルケンから二つの電子を一度に動かしながらプロトン化するために、硫酸のような強力な酸を必要としていました(図1上右)。したがって、官能基許容性が十分ではなく、分子内に多数の官能基を有する医薬品や天然物合成への応用は限られていました。
 
 
図1 従来法と本手法の比較
 
2. 研究手法・成果
 研究グループは、青色LED照射下、弱いブレンステッド酸触媒、有機光酸化還元触媒、コバルト触媒の三つの触媒を組み合わせることで、アルコールを用いたアルケンのヒドロアルコキシ化反応が従来法よりも遥かに温和な条件で進行することを見出しました(図1下左)。
 本研究の成功の鍵は、有機光酸化還元触媒による一電子移動を活用することで、コバルト触媒の原子価の数に応じたそれぞれの過程を一つの触媒サイクルの中でつなげたことです(図1下右)。これまで、各反応段階として、1)コバルト(I)種はプロトンと反応してコバルト(III)ヒドリド種を生成する、2)コバルト(III)ヒドリド種はアルケンと反応してアルキルコバルト(III)種を生成する、3)アルキルコバルト(IV)種はカルボカチオン等価体として求核剤と反応する、については知られていました。これに対し本研究では、「コバルト(II)種からコバルト(I)種への一電子還元」と「アルキルコバルト(III)種からアルキルコバルト(IV)種への一電子酸化」を有機光酸化還元触媒が担うことで、前述の1)〜3)のコバルトが介在する過程を一つの触媒サイクルの中でつなげることに成功しました。コバルト触媒のプロトン化は弱い酸触媒で十分なことから、従来法と比べて温和な反応条件を実現しました。本手法は、従来法の強い酸性条件で分解してしまう官能基を持つ分子や複雑な構造を有する分子の合成に応用可能でした(図2)。
 
 
図2  本手法で合成した分子
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究では、安価で入手容易なアルコールとアルケン原料から、高度に官能基化されたジアルキルエーテルを僅か1段階で合成することに成功しました。従来法では困難であった「ジアルキルエーテル骨格を含む医薬品や天然物」の迅速合成につながると期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金「基盤研究A (JP21H04681)」、「若手研究(JP 21K15223)」、「新学術領域研究(JP 17H06449)」、「学術変革領域研究A(JP 21H05388)」、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「電子やイオン等の能動的制御と反応(JPMIPR19T2)」の支援を受けて実施されました。
 

●用語解説●

アルケン炭素―炭素二重結合(C=C)を持つ有機化合物。

 

アルコールヒドロキシ基(O–H)を持つ有機化合物。

 

ジアルキルエーテルC–O–C構造を持つ有機化合物。

 

有機光酸化還元触媒光酸化還元触媒は光を吸収して生じた励起子が他の分子と一電子酸化および還元を起こす触媒のことを指す。有機光酸化還元触媒は主に炭素、水素、窒素、硫黄などで構成され、金属原子を含まない光酸化還元触媒を指す。

 

カルボカチオン炭素原子上に正の電荷を持つ化学種のことを指す。

 

ブレンステッド酸他の物質にプロトンを与えることのできる物質。