スズを含むペロブスカイト太陽電池:23.6%の世界最高効率を達成 ―ペロブスカイト薄膜の上下表面構造修飾法を開発―

本研究成果は、2022年4月12日に国際学術誌「Energy & Environmental Science」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所の若宮淳志 教授、シュアイフェン・フ 博士課程学生、リチャード・マーディ 講師、中村智也 助教、ミンアン・チョン 助教、山田琢允 特定助教、半田岳人 元特定助教、金光義彦 教授、東レリサーチセンターの松田和大 氏、理化学研究所の中野恭兵 博士、但馬敬介 同チームリーダー、および筑波大学の丸本一弘 准教授らの共同研究グループは、スズ-鉛混合系ペロブスカイト薄膜の上下を表面修飾する手法(パッシベーション法)を開発しました。これにより、電圧のロスを理論限界まで低減することに成功し、スズを含むペロブスカイト太陽電池で世界最高値となる23.6%の光電変換効率を達成しました。

 
 
図 本研究の概要図:ペロブスカイト薄膜の上下表面パッシベーションによる電気双極子の発現と電荷の取り出し効率の向上とペロブスカイト太陽電池のデバイス構造(断面図)。
 
1. 背景
 近年、ペロブスカイト半導体材料を用いた太陽電池が、材料の溶液を塗って作製できる次世代型太陽電池として注目を集めています。この材料は、ABX3型(A: 1価の陽イオン、B: 2価の陽イオン、X: ハロゲン化物イオン)構造で表され、用いるイオンの組み合わせにより、光吸収波長(バンド構造)を自在に変化させることができます。これまでは、Bサイトのイオンとして鉛を原料に含む鉛系ペロブスカイト半導体材料が主に研究されてきましたが、鉛が及ぼす環境や人体への影響が危惧されています。そのため、実用化の観点からは、鉛の含有量を抑えた鉛レスのペロブスカイト材料を用いた太陽電池の開発が強く求められています。半導体特性の観点からも、Bサイトに鉛の代わりにスズを用いることで、太陽光を近赤外領域まで広く吸収できるという利点があります。例えば、Bサイトの鉛の半分をスズの置き換えたスズ-鉛混合型のペロブスカイト材料では、鉛だけの場合(~840 nm)に比べて、より長い波長(~1050 nm)の近赤外領域まで太陽光を吸収して電気エネルギーへと変換(光電変換)することが可能になり、より効率の高い太陽電池の有力候補材料として期待を集めています1)。しかし一方で、スズを原料に用いたペロブスカイト半導体薄膜では、鉛の場合に比べて均一な膜を塗布することが難しく、また、2価のスズイオン(Sn2+)が非常に酸化されやすく、半導体特性を低下させる4価のスズイオン(Sn4+)を生じることが問題となっていました2)。これらに対しては、これまでにHAT法3)やSn4+スカベンジャー法4)などの独自法を開発することで、スズを含むペロブスカイト薄膜も高品質なものを作製できるようになってきています。さらに、太陽電池の特性を向上させるためには、ペロブスカイト層から電荷を取り出す際に電圧のロスを低減できる表面構造の精密制御が重要であると考えられています。ペロブスカイト太陽電池は基板の上に各材料を順に塗布成膜して積層して作製します。そのため、ペロブスカイト層の上側の表面の構造修飾は、薄膜を作製した後で構造修飾することで比較的容易に行えますが1)、その一方で、層の下側の表面を選択的に修飾できる有効な手法がない状況でした。太陽電池の光電変換効率を最大化するためには、ペロブスカイト層の上下の両方の表面を構造修飾できる材料と手法の開発が求められていました。
 
2. 研究手法・成果
 この課題に対し、当研究グループでは、界面材料化学、結晶成長制御の視点から、独自の表面構造修飾(パッシベーション)法の開発に取り組んできました。ペロブスカイト太陽電池は、生じる電荷(正孔と電子)を選択的に各電極に回収するために、発電層であるペロブスカイト半導体層を、p型およびn型の半導体層(電荷回収層)で挟んだ構造となっています。本太陽電池の発電メカニズム5)に基づいて考えると、いかに電圧のロスを抑えて、各電荷を電気エネルギーとして回収できるかが高効率化の鍵となります。
 そこで本研究では、各電荷の取り出しに有利な電気双極子モーメントをもつように工夫した2つの分子材料(グリシンとエチレンジアンモニウム)を設計し、これらを用いてペロブスカイト層の上下の表面をパッシベーションする手法を開発しました(図1)。ペロブスカイト層の上面へのパッシベーションは、エチレンジアンモニウムジヨード(EDAI2)の溶液の溶媒や塗り方を工夫することで達成することができました。一方で、ペロブスカイト層の下面へのパッシベーションについては、ペロブスカイト薄膜を塗布で成膜する際に、材料の溶液に2 mol%のグリシンの塩酸塩(GlyHCl)を加えることで実現できることを見出しました。これらのパッシベーションを施したペロブスカイト薄膜に対して、イオンの分布をToF-SIMS法を用いて観測したところ、860 nmの膜厚のスズ-鉛混合型ペロブスカイト薄膜の上層にはエチレンジアンモニウム、下層にはグリシンが選択的に存在することが確認されました(図2)。開発した下層へのグリシンのパッシベーション法は、基板の種類に依存せず、高い一般性をもちます。実際に、PEDOT:PSS層だけでなく、PTAAなど他のp型半導体層の上や、FTOガラス基板の上でも同様に、基板とペロブスカイト層との界面にグリシンでパッシベーションできることを確認しています。また、選択的に基板との間のペロブスカイト層の下面をパッシベーションできる本手法のメカニズムも明らかにすることができました(図1)。ペロブスカイト薄膜の前駆体材料の溶液に対して動的光散乱(DLS)測定を行ったところ、グリシンの塩酸塩(GlyHCl)を添加することでペロブスカイトのコロイドのナノ粒子が形成することを見出しました。ペロブスカイト層の塗布成膜する過程で、グリシンで表面を覆われたナノ粒子が鍵中間体として作用しているものと考えられます。
 これらのペロブスカイト層の上下の表面パッシベーションにより、太陽電池の特性も大きく向上しました(図3)。従来の手法で作製した太陽電池(19.6%)に比べて、上面をエチレンジアンモニウムでパッシベーションすることで21.7%へと向上し、さらに下面をグリシンでパッシベーションすることで、23.6%(短絡電流密度32.1 mAcm–2、開放電圧0.89 V、曲線因子0.82)にまで光電変換効率が向上することを見出しました。この光電変換効率は、スズを含むペロブスカイト半導体材料を用いた太陽電池としても世界最高値となります。また、開放電圧は最大で0.91 Vにまで向上しました。これは、スズ-鉛混合型ペロブスカイト半導体がもつ1.25 eVのバンドギャップに対してもわずか0.34 Vのロスであり、ほぼ熱力学的な理論限界値を達成していることになります。
 今回のペロブスカイト層の上下の表面パッシベーションにより、なぜ開放電圧のロスが低減でき高い光電変換効率が得られるのかについても、様々な先端分光法(蛍光、UPSおよびESR)を用いた測定により、そのメカニズムと効果を明らかにすることができました。エチレンジアンモニウムとグリシンで表面をパッシベーションすることで、表面にそれぞれ電子と正孔の取り出しに有利な正電荷と負電荷をもつ電気双極子を発現させることができます。ペロブスカイト薄膜から各電荷がこれらの電気双極子に引き寄せられることで、電圧のロスなく各電荷を上下の電荷回収層へと効率的に取り出すことができることがわかりました(図4)。
 
 
図1  開発したペロブスカイト薄膜の上下表面の構造修飾(パッシベーション)法とそのメカニズム。
 
 
図2  上下表面パッシベーション法で作製したペロブスカイト薄膜のエチレンジアンモニウムとグリシンイオンの分布。 (a) ToF-SIMS測定結果と、(b)3次元イオン分布図。
 
 
図3  スズ-鉛混合型ペロブスカイト太陽電池:(a) デバイス構造の模式図と断面電子顕微鏡像、(b) 太陽電池特性、J–V曲線(上下表面パッシベーションの効果)とIPCEスペクトル。
 
 
図4  電荷の取り出し効率の向上のメカニズム:上下表面パッシベーションによる双極子モーメントの制御。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究成果は、スズを含むペロブスカイト半導体を用いた太陽電池でも23%を超える高い光電変換効率が得られることを実証したものであり、今後、鉛フリー材料としてスズ系ペロブスカイト太陽電池のさらなる高性能化も加速するものと期待されます。また、1.25 eVの狭いバンドギャップをもつ太陽電池でも0.91 Vの開放電圧が得られたことは、30%を超える光電変換効率を示すタンデム型のペロブスカイト太陽電池の開発研究にも有望な研究成果として注目を集めます。今回開発したペロブスカイト半導体層の上下表面への構造修飾法(パッシベーション法)は、スズ系ペロブスカイトを含む様々なペロブスカイト材料にも一般的に用いることができ、太陽電池の高性能化につながるものと期待できます。今後、本研究成果は、京大発ベンチャー「(株)エネコートテクノロジーズ」にも技術移転し、高性能のペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた開発研究を展開していく予定です。
 
参考文献
1) S. Hu, M. A. Truong, K. Otsuka, T. Handa, T. Yamada, R. Nishikubo, Y. Iwasaki, A. Saeki, R. Murdey, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, Chem. Sci. 2021, 12, 13513. DOI: 10.1039/D1SC04221A
2) T. Nakamura, T. Handa, R. Murdey, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, ACS Appl. Electron. Mater. (Spotlight) 2020, 2, 3794. DOI: 10.1021/acsaelm.0c00859
3) J. Liu, M. Ozaki, S. Yakumaru, T. Handa, R. Nishikubo, Y. Kanemitsu, A. Saeki, Y. Murta, R. Murdey, A. Wakamiya, Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 13221. DOI: 10.1002/anie.201808385
4) T. Nakamura, S. Yakumaru, M. A. Truong, K. Kim, J. Liu, S. Hu, K. Otsuka, R. Hashimoto, R. Murdey, T. Sasamori, H. D. Kim, H. Ohkita, T. Handa, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, Nat. Commun. 2020, 11, 3008. DOI: 10.1038/s41467-020-16726-3
5) Y. Yamada, T. Nakamura, M. Endo, A. Wakamiya, Y. Kanemitsu, J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 11610. DOI: 10.1021/ja506624n
 
4. 研究プロジェクトについて
 (1)革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)拠点 (国立研究開発法人科学技術振興機構)
「活力ある生涯のためのLast 5Xイノベーション拠点」
(プロジェクトリーダ―:野村 剛 パナソニック株式会社 客員、リサーチリーダー:小寺秀俊 京都大学 特定教授)
研究課題名:「フィルム型太陽電池」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成25年度〜令和3年度
(2)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)(国立研究開発法人科学技術振興機構)

「光マネジメントによるCO2低減技術(実用技術化プロジェクト)」
(プログラムオフィサー:谷口 研二 大阪大学 特任教授)
研究課題名:「環境負荷の少ない高性能ペロブスカイト系太陽電池の開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成28年度〜令和2年度
(3)未来社会創造事業 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現(探索加速型)」
(プログラムオフィサー:橋本 和仁 物質・材料研究機構 理事長)
研究課題名:「SnからなるPbフリーペロブスカイト太陽電池の開発」
研究代表者:早瀬 修二(電気通信大学 特任教授)
研究期間: 令和3年度〜令和3年度
(4)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「太陽光発電主力電源化技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発」
研究課題名:「高自由度設計フィルム型ペロブスカイト太陽電池の基盤技術研究開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和2年度〜令和4年度
(5)戦略的創造研究推進事業(CREST)(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」
研究課題名:「ハロゲン化金属ペロブスカイトを基盤としたフレキシブルフォトニクス技術の開発」
研究代表者:金光 義彦(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成28年度〜令和2年度
(6)科学研究費助成事業 基盤研究A(独立行政法人 日本学術振興会)
研究課題名:「鉛フリー型ペロブスカイト太陽電池の高性能化のための基礎化学研究」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和5年度
 

●用語解説●

光電変換効率太陽電池において、素子に照射された太陽光のエネルギーを電力に変換する効率。

 

HAT法:Hot Antisolvent Treatment 法。ペロブスカイト薄膜を溶液の塗布で作製する際に、65 ℃程度に少し温めた非極性の貧溶媒(antisolvent、材料が溶けにくい溶媒)を滴下することで、多くの結晶核の形成を促し、表面被覆率の高い(~100%)の薄膜を作製することができる手法。https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2018-09-06

 

Sn4+スカベンジャー法スズを含むペロブスカイト薄膜を作製するための前駆体溶中にSn(0)のナノ粒子を発生させ、これにより溶液中の微量のSn4+種を補足し、Sn4+を含まない高純度のスズペロブスカイト薄膜が作製できる方法。https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2020-06-16-0

 

ToF-SIMS法飛行時間型二次イオン質量分析法(Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry)。アルゴンクラスターイオン等によるエッチングと組み合わせることで、薄膜試料の内部の組成分布を測定できる。

 

動的光散乱(DLS)測定Dynamic Light Scattering 測定。溶液中のナノ粒子の計測ができる。

 

ナノ粒子数nm〜数百nm程度のナノメートルオーダーの大きさの粒子。

 

鍵中間体基板上に生成したナノ粒子は、表面を覆っているグリシンの一部(溶液に接している上側)が他のAサイトイオンと置き換わることで3次元構造のペロブスカイト薄膜へと結晶成長すると考えられる。基板と接している下側にはグリシンが表面修飾された形で残る。

 

株式会社エネコートテクノロジーズ京都大学化学研究所でのペロブスカイト太陽電池の研究成果をもとに、京都大学発のベンチャーとして、2018年1月に設立。代表取締役 加藤尚哉氏。 https://www.enecoat.com/