元素間相溶性を駆動力とした擬二元系規則構造の安定化に成功 ―未踏結晶構造の安定化に向けた新たな知見―

この研究成果は、2022年2月24日に「Nature Communications」にオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所の松本憲志 特定助教、佐藤良太 助教、髙畑遼 助教、寺西利治 教授、治田充貴 准教授、倉田博基 教授、名桜大学の立津慶幸 准教授、東京都立大学の山添誠司 教授、九州大学の山内美穂 教授、工藤昌輝 学術研究員、九州工業大学の堀部陽一 准教授の研究グループは、元素間に固有の相溶性を駆動力として前例のないZ3型合金構造の安定化に成功しました。
 複数の金属元素で構成される合金の化学的・物理的な特性は、その結晶構造に大きく依存することが知られています。そのため、新しい物性や高機能材料を発見する方法の一つとして、未踏構造の安定化が考えられます。ところが、特定の組成比をもつ二元系合金においてさえ幾何学的に膨大な数の構造を取り得る一方で、実際には安定に合成できる構造はごくわずかしかありません。そのため、新しい結晶構造の安定化は極めて挑戦的な課題として考えられてきました。
 本研究では、熱力学的にL12相のみ形成可能なFePd3合金に対して、Feとは固溶できないがPdとは固溶可能なInを微量導入することで、Z3型Fe(Pd,In)3構造が安定に形成することを発見しました。第一原理計算によると、この構造安定化はInの元素間相溶性が駆動力として働いていることが示唆され、Inと同様の元素間相溶性を有するPbを導入した場合でも、Z3型Fe(Pd,Pb)3構造が形成することも実証しました。さらには、物質の特性を決定するフェルミ準位近傍の電子状態密度がInの有無でほとんど変化せず、Z3型構造の電子状態密度を保持していることも第一原理計算から確認することができ、擬似的にZ3型FePd3合金の特性が発現することが示唆されました。これらの知見は、従来困難とされてきた未踏合金構造の安定化が、元素間相溶性という単純な特性を利用することで達成可能であることを意味しており、今後の未踏材料開発の促進に貢献すると考えられます。

 
図:In、Pd、Feの元素間相溶性を駆動力とした擬二元系Z3-Fe(Pd,In)3合金相の安定化
 
1. 背景
 複数の金属元素で構成される合金の化学的・物理的な特性は、その結晶構造に大きく依存することが知られています。そのため、新しい物性や高機能材料を発見する方法の一つとして、未踏構造の安定化が考えられます。ところが、特定の組成比をもつ二元系合金においてさえ幾何学的に膨大な数の構造を取り得る一方で、実際には安定に合成できる構造はごくわずかしか存在しません。そのため、新しい結晶構造の安定化は極めて挑戦的な課題として考えられてきました。
 そこで、新しい結晶構造を安定に形成させるために、元素間の相溶性に着目しました。例えば、Fe–Ni合金にN原子を導入することでNがFeの近傍に配置されるように結晶構造変態することが報告されています。つまり、二元系合金に対して一方の金属とのみ固溶する第三元素を微量導入することで、結晶構造の変態が可能と考えました。そのため私たちが着目した指標が、二元系合金の相図から読み取ることの可能な固溶可能/不可能といった特徴(以下、元素間相溶性)になります。未踏構造を有する合金相の安定化を促す因子が見つかれば、様々な組み合わせでの新規構造の創出につながると期待されます。
 
2. 研究手法・成果
 私たちは、FePd3合金に対してFeとは固溶できないがPdとは固溶可能なInを微量導入した際の構造変化について調査しました。逐次合成よりPd–In@FeOxコアシェルナノ粒子を合成後、還元雰囲気下で熱処理(600 °Cあるいは800 °C、3時間)を行いました(図A)。その結果、In/(Pd+In) < 11 at.%の組成ではInがFeと置換したL12-(Fe,In)Pd3相、15< In/(Pd+In) <17 at.%の組成ではInがPdと置換したZ3-Fe(Pd,In)3相が形成されました(図B)。一方、Pd@FeOxコアシェルナノ粒子とIn粉体をZ3構造の形成可能な組成比で物理的に混合した後に還元熱処理を行った場合には、Z3型構造ではなくPd–In合金とFe–Pd合金の相分離が確認され、熱処理過程前のナノレベルでの三原子の混合がZ3型構造形成に重要であることが分かりました。
 Z3型構造が安定に形成した要因として、元素間相溶性の他にナノサイズ効果による安定化と速度論的形成が考えられます。そこで、ナノサイズ効果について調べるために、Pd–In@FeOxコアシェルナノ粒子の還元熱処理前に空気中での熱処理を行いました。この操作によって、ナノ粒子表面上の有機配位子が除去され、還元熱処理過程での粒子間の焼結により粒径が増大します。その結果、マイクロメーターサイズのZ3型構造が形成できたため、ナノサイズ効果はZ3型構造の安定化に寄与していないことが分かりました。一方、熱処理時間を3時間から25時間に変えても全く構造は変化せず、Z3型構造が速度論的に形成してないことが確認されました。
 続いて、元素間相溶性によるZ3型構造の安定化について調べるために、第一原理計算を用いて10~12族金属元素(Zn, Ga, Ge, Cd, In, Sn, Hg, Tl, Pb)をL12型構造とZ3型構造に導入した際の形成エネルギーを算出しました。その結果、Feとは固溶できないがPdとは固溶可能な元素(Cd, In, Hg, Tl, Pb)を微量導入したときのみ、Z3型構造がL12型構造よりも安定になることが分かりました(図C)。そこで、Inの代わりにPbを用いて同様の実験を行ったところ、Inと同様にZ3型Fe(Pd,Pb)3構造の形成が確認され、特定の元素間相溶性が前例のないZ3型構造を安定化することが実証されました。
 最後に、Z3型Fe(Pd,In)3構造の物理的・化学的特性の指標として電子状態密度を第一原理計算から算出しました。その結果、Z3型構造のDOSはInの有無でほとんど変わらず、擬似的にZ3-FePd3相の特性が発現することが示唆されました。
 
図:(A)Z3型Fe(Pd,In)3相に至るまでの逐次合成過程で形成されたナノ粒子の透過電子顕微鏡(TEM)像、およびZ3構造の高角度環状暗視野走査TEM(HAADF-STEM)像、(B)エネルギー分散型X線分光法(EDS)による原子分解能での元素組成マップ図、およびZ3型Fe(Pd,In)3相の模式図、(C)第一原理計算により算出された各導入元素のL12Z3型構造間の形成エネルギー差、および導入元素の元素間相溶性。
 
3. 波及効果、今後の予定
 金属合金の物理的・化学的な特性を向上させる方法の一つとして、準安定相の安定化は重要な研究テーマになっています。本研究で得られた知見は、Z3型構造だけでなくあらゆる未踏構造を安定化させる技術につながると考えられます。今回はZ3型構造の形成にのみ焦点を当てましたが、元素間相溶性がもたらす未踏構造の安定化について理論的に体系化するためには、様々な二元合金に対して一方とのみ固溶可能な第三元素の導入を検討する必要があり、実験・計算の両面で研究を続けていく予定です。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、文部科学省JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(S) (Grant No. JP19H05634)、基盤研究(B) (Grant Nos. JP16H03826 and JP18H01953)、基盤研究(C) (Grant No. JP21K04630)、挑戦的研究(萌芽) (Grant Nos. JP19K22231and JP17K19178)、特別研究員奨励費(Grant No. JP18J15062)、ナノテクノロジープラットフォーム事業(課題番号:JPMXP09A18KU0274、JPMXP09A20KU0357)、高輝度科学研究センター(課題番号:2018A1666、2018A0910、2018B1119、2018B1422)、東京大学物性研究所、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点事業(課題番号2021-22)の支援を受け実施いたしました。
 

●用語解説●

相図:特定の元素組成と温度に対応した熱力学的に安定な構造が記された平衡状態図のこと。これまでの研究で得られた知見に基づいてデータベース化されている。

 

ナノサイズ効果:粒径減少に伴う融点降下や表面エネルギーの増加によって、バルクでは不安定だった構造が安定化することがある。例えば、バルクで固溶できない元素同士がナノ粒子では固溶可能になる。

 

第一原理計算:物質中の電子の運動エネルギーを量子力学の方程式に従って数値計算により解く手法のこと。

 

電子状態密度:固体中のすべての原子間の軌道混成によって形成される電子のエネルギー分布のこと。構造の対称性や原子間距離、構成元素種によってその形状は決定される。特に、最大エネルギーをもった(フェルミ準位近傍での)電子の状態密度は電気伝導性や触媒特性など様々な物理的・化学的特性の説明に使用される。