協力し合えば強くなる、半導体量子ドットの集団増強効果の観測に成功 ―量子センサーやエネルギー変換に新たな道―

本研究成果は、2021年12月17日に米国物理学会誌「Physical Review B」のLetterとしてオンライン版に掲載されました。
京都大学化学研究所 田原弘量 助教(現在:京都大学白眉センター特定准教授)、坂本雅典 准教授、寺西利治 教授、金光義彦 教授の研究グループは、半導体量子ドットを結合させた結合量子ドット膜において、量子ドットどうしが協力し合うことで現れる集団増強効果を世界で初めて観測することに成功しました。
コロイド半導体量子ドットは化学合成で作ることができるナノメートルサイズの微小な半導体結晶です。この材料は、結晶サイズを制御することで光の吸収と発光の波長を変化させることができるため、溶液塗布型の太陽電池や発光ダイオードに向けた研究が行われています。これまで量子ドットの光学特性は、互いに離れた状態にある量子ドット(結合していない量子ドット)について研究が進められてきました。しかし、量子ドットを結合した結合量子ドットの量子光学的特性については明らかになっていませんでした。
本研究グループは量子ドット間の結合による新しい現象や機能を探索・開拓する目的で、表面化学処理によって量子ドットどうしを結合させた結合量子ドット膜を作製しました。結合量子ドットの特性は電子の量子力学的な振る舞いに現れるため、その特性を正確にとらえるためにレーザー光を用いた量子干渉法と光電流計測法を組み合わせた独自の測定を行いました。その結果、結合していない量子ドットよりも結合した量子ドット膜の方が、光電流における量子干渉の信号が強くなる“集団量子増強効果”を発見しました。この発見は結合量子ドットでは電子の量子力学的な特性が強められること、さらに結合量子ドットの中で光の周波数を倍増して変換できることを示しているため、高感度の量子センサーや新しいエネルギー変換などの次世代光電量子デバイスにつながると期待されます。
 
図:半導体量子ドットを結合させた結合量子ドット膜において、量子ドットどうしが協力し合って量子力学的な特性を強めること(集団増強効果)を発見しました。
 
1. 背景
 半導体量子ドットは、大きさが数ナノメートルから十数ナノメートルの半導体結晶です。サイズと組成を変えることで光吸収エネルギーや発光エネルギーを自在に制御できることから、この材料を用いた太陽電池や発光ダイオード、レーザーなどの開発に向けた応用研究が活発に行われています。これまでは発光効率や材料の安定性の観点から量子ドット自体の「個々」の性能を高める研究が行われてきましたが、量子ドットを集めた「集団」としての性質については、十分に理解が進んでいませんでした。そこで、本研究グループが着目したのは集団の量子ドットを結合させた結合量子ドット膜です。量子ドットの結合によって量子力学的な電子の波動関数を直接的に干渉させることができるため、集団としての新しい量子協力効果が現れると考えました。
 
2. 研究手法・成果
 本研究グループは、化学合成したPbS量子ドットを結合させた結合量子ドット膜を作製し、量子ドット間結合によって生まれる電子応答を計測しました。結合量子ドットの特性は電子の量子力学的な振る舞いに現れるため、その特性を正確にとらえる測定法が必要でした。そこで、2つのレーザーパルス光によって物質中の電子の量子干渉を観測する方法を用いました。レーザー光照射によって作られた電子を電流として取り出すことができる光電流型の量子干渉測定を新たに開発することで、量子ドット間結合の役割を正確にとらえることができるようになりました。その結果、結合量子ドットでは量子干渉の信号が増大することを発見しました。この増大傾向は、結合していない量子ドットでは現れない集団量子ドットの新しい集団増強効果です。さらに、照射したレーザーの周波数の定数倍の周波数を持った量子干渉信号が増大していること、つまり結合量子ドットの中で光の周波数を倍増して変換できることが分かりました。
 
3. 波及効果、今後の予定
 量子ドット間の結合を利用することで、新しい量子協力効果(量子干渉の集団増強効果)を生み出すことを発見しました。これは化学と物理学の技術によって生み出された結合量子系であり、結合が生み出す量子効果の理解を深める基礎科学的に重要な結果です。さらに、集団増強効果を光電流で検出することに成功したことは、量子ドット間結合を利用した次世代量子デバイスとして高感度の量子センサーや新たなエネルギー変換技術につながる波及効果が期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
本研究は、下記の助成金の支援を受けて行われました。
JSPS科研費・特別推進研究(19H05465)、若手研究(18K13481、20K14385)

 

●用語解説●

量子干渉:電子は量子力学的に波(波動関数)として扱われます。波の重ね合わせとして、電子の波動関数どうしが強め合ったり弱め合ったりする現象を量子干渉と呼びます。