40年来の謎 ビタミンDラクトンの役割を解明

本研究成果は、Cell pressが発行する「Cell Chemical Biology」誌の掲載に先立ち、web上で9月9日に掲載されました。
 国立大学法人京都大学化学研究所の上杉志成教授、東京農工大学大学院工学研究院の長澤和夫教授、帝京大学薬学部の橘高敦史教授らの研究グループは、ケミカルバイオロジーの手法を駆使し、発見以来約40年間謎だったビタミンDラクトンの役割を解明した。ビタミンDラクトンは脂肪酸のβ酸化を触媒する酵素HADHAと結合しカルニチンの生合成を抑制することで、重要なエネルギーの源である脂肪酸の代謝を抑制することを見出しました。生合成されるビタミンD量は日光の曝露量と関連があることから、ビタミンDラクトンは、高緯度地域に生息する哺乳類の季節で変動する脂肪酸代謝の変化、例えば冬眠などへの準備(脂肪酸を貯め込む)としての役割も考えられます。
 
現状
 ビタミンDは、日光を浴びることで体内で合成(生合成)され、骨代謝調節、筋肉、免疫調節等で重要な働きをします。ビタミンDラクトンは、ビタミンDの主要な最終代謝物の一つとして約40年前から知られていましたが、その生物学的役割はわかっていませんでした。また、ビタミンDの生物機能と日光により生合成されることの関連性についても考えられてきませんでした。
 
研究体制
 国立大学法人京都大学物質-細胞統合システム拠点/化学研究所の上杉志成教授ら、国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命工学専攻長澤和夫教授ら、帝京大学薬学部の橘高敦史教授ら、国立大学法人東京大学医学部附属病院の中川勇人助教、国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センターの長田裕之グループディレクターら、東京理科大学薬学部の東 達也教授らの共同研究チームによって実施されました。本研究は、日本医療開発機構(AMED)の支援を受けました。
 
研究成果
 ビタミンDラクトン1の生体内での役割を明らかにするために、まず標的となるタンパク質を探索しました。ビタミンDラクトンの光親和性標識プローブ2を用い検討したところ、1はミトコンドリア内で長鎖脂肪酸のβ酸化を触媒する酵素であるHADHAと選択的に結合することがわかりました(図1)。

 
図1:ビタミンDラクトン(1)、光親和性標識プローブ(2)の構造と、1の標的探索
 

ところがビタミンDラクトン1は不思議なことに、HADHAと相互作用するにも関わらず、HADHAの酵素活性に影響しないことがわかりました。そこで1の役割をさらに調べたところ、1はHADHAに結合することで、HADHAと複合体を形成しているカルニチン生合成に不可欠な酵素であるトリメチルリジンジオキシゲナーゼ(TMLD)を解離し、その酵素活性を不活性化することがわかりました。カルニチンは、脂肪酸をミトコンドリアへ輸送するために必要な内因性代謝物です。従ってビタミンDラクトン1は、HDAHとの結合を介してカルニチンの生合成を抑制し、重要なエネルギー源の一つである脂肪酸の代謝を抑制することがわかりました(図2)。

 
図2:ビタミンDラクトンのHADHAとの結合を介したカルニチンの生合成抑制機構
 
今後の展開
 ビタミンDは日光に当たることで、体内で生合成されます。ビタミンDは、骨や筋肉の代謝に重要な役割を果たすことがよく知られています。ビタミンDラクトンは、その主要な最終代謝物として生体内に比較的高濃度で存在すると考えられていますが、本研究により、脂肪酸の代謝を抑制する、すなわち脂肪酸を体内に貯めこむ働きがあることが初めてわかりました。生合成されるビタミンDの量は、日光の曝露量に影響されることから、日照時間が短くなると、生体内ではビタミンDの量に比較して、ビタミンDラクトンの量が相対的に多くなると考えられます。すなわちビタミンDラクトンは、季節で日照時間が大きく変わる高緯度地域に生息する哺乳類に対し、季節で脂肪酸代謝を変化させる、例えば冬眠などへの準備(脂肪酸を貯め込む)としての役割も考えられます。今後、ビタミンDラクトンの冬眠現象などの新たな視点での研究が期待されます。
 

●用語解説●

カルニチン:カルニチンは、ミトコンドリア内に脂肪酸を運搬する役割を担う。ミトコンドリアでは脂肪酸の酸化により、ATPとしてエネルギーを作りだす。