ハライドペロブスカイト半導体においてテラヘルツ励起によるホットキャリアの長寿命化を実現
―太陽電池材料のフォノン操作による高効率化への新たな指針―

本成果は、2021年2月16日に米国物理学会の国際学術誌「Physical Review Letters」にオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所の金光義彦 教授、関口文哉 同特定助教、廣理英基 同准教授らの研究グループは、高強度のテラヘルツパルスをハライドペロブスカイト半導体CH3NH3PbI3に照射すると、光励起キャリアのエネルギー損失速度が遅くなる現象を発見しました。ハライドペロブスカイト半導体は、安価な溶液法で作製できる半導体でありながら非常に高い光電変換効率を持ち、次世代の太陽電池材料として高い注目を集めている物質です。その優れた光電特性は、この物質の特殊な格子振動(フォノン)と深く関係していると考えられていますが、光励起キャリアのダイナミクスにおけるフォノンの役割について、従来の実験では間接的な情報しか得られていませんでした。本研究では、CH3NH3PbI3のフォノンを高強度のテラヘルツパルスによって直接励起し、光励起キャリアのエネルギー分布の時間変化を測定したところ、テラヘルツ励起によって高エネルギーのキャリア分布(ホットキャリア)が増大し、そのエネルギー損失が通常の10倍以上遅くなることを明らかにしました。この結果は、フォノンを積極的に利用することで光励起キャリアのエネルギー損失を抑制できることを発見したもので、フォノンの制御が光電デバイスのさらなる効率向上の指針となることを示しました。

 
図:今回発見した、テラヘルツ光パルスをペロブスカイト半導体CH3NH3PbI3に照射して、光励起キャリアのエネルギー損失をフォノン励起により抑制する模式図。
 
1. 背景
 ハライドペロブスカイト半導体は、低温の溶液法という安価で簡便な合成が可能でありながら非常に高い光電効率を持つため、次世代の太陽電池や発光デバイス材料として注目を集めている物質です。半導体中に光励起されたキャリアは、電子格子相互作用(フォノンによる非弾性散乱過程)によってエネルギーを失い冷却されます。しかし、このエネルギーが損失する前(キャリアの冷却前)の高エネルギー状態のキャリア(ホットキャリア)を効果的に利用できれば、従来の効率限界を超える太陽電池を実現できる可能性があります。特にハライドペロブスカイト半導体では、ホットキャリアの寿命が長いことが知られており、その背後にあるメカニズムとして、この物質特有の柔らかい格子構造に由来する特殊なフォノンモードとキャリアの相互作用が議論の焦点となっています。しかし、これまでの可視・赤外光を用いた分光法からは、フォノンの果たす役割について間接的な情報しか得られていませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、太陽電池材料として最も期待されている、CH3NH3PbI3において、1テラヘルツ付近の低いエネルギー領域にフォノンモードが存在することに着目しました。超短パルスレーザー光源を用いて発生した高強度テラヘルツパルスによって共鳴的にフォノンを励起し、これが光励起キャリアの高速な緩和ダイナミクスに与える影響を時間分解発光スペクトルの測定から調べました。その結果、テラヘルツパルスを照射すると発光スペクトルが高速に変化し、キャリア温度が過渡的に上昇する現象を発見しました。この現象は、試料中にキャリアが存在しない条件でも観測され、フォノンの直接励起がホットキャリア形成を引き起こしていると考えられます。さらに、テラヘルツパルスの励起強度を上げると、形成されたホットキャリアの冷却にかかる時間が長くなることが観測されました。一連の結果は、キャリアがフォノンを再吸収する過程によってキャリア冷却が遅くなる効果(ホットフォノンボトルネック効果)を、テラヘルツパルスによるフォノン励起によって直接的に引き起こすことで、ホットキャリア寿命を長くすることに成功したことを意味します。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究では、高強度テラヘルツパルスによるフォノンの直接励起によって、ハライドペロブスカイト半導体におけるキャリアがホットな状態になることを確認しました。この結果は、ペロブスカイト半導体の光電特性においてフォノンが果たす役割の重要性を明らかにしただけでなく、通常受動的な熱浴(エネルギーの受け皿)としてしか扱われないフォノンを、新たな自由度として能動的に利用することでキャリアの状態を操作できることを示しています。今後は、元素置換やナノ構造化によるフォノンモードの制御と組み合わせることで、フォノン励起を積極的に利用した新たな光電デバイスの開発が期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
本研究は、下記の助成⾦の⽀援を受けて⾏われました。
● JSPS 科研費・特別推進研究(JP19H05465)
 

●用語解説●

テラヘルツパルス:テラヘルツ光は、毎秒1012回電場(磁場)が振動する電磁波で、この周波数は光波と電波の中間に位置します。近年の超高速パルスレーザーを用いた非線形光学技術の進展により、この周波数帯の電磁波の分光法が発達してきました。さらに、著者らの研究グループをはじめとして、LiNbO3結晶を用いた高い電場強度を持つパルス発生法が開発され、この特殊な電磁パルスを用いた物質中の新奇現象探索が行われています。

 

フォノン:固体結晶における、格子振動の集団モード(格子を形成する原子・分子の集団的な運動)のこと。ハライドペロブスカイト半導体CH3NH3PbI3では、鉛(Pb)-ハライド(I)の結合格子の変位モードが1テラヘルツ周辺の低い周波数領域に存在し、高強度テラヘルツパルスを用いて共鳴的に励起することができます。

 

ホットキャリア:半導体中に存在する非平衡状態の高エネルギーキャリアのこと。半導体のバンドギャップを超えて光励起されたキャリアは、その余剰エネルギー(励起光のエネルギーとバンドギャップエネルギーの差分)のために励起直後は高温状態にありますが、フォノンとの相互作用によって結晶格子にエネルギーを移すことで冷却されていきます。この冷却過程によってキャリアはエネルギーを失うため、太陽電池利用にとっては効率の低下につながります。ホットキャリアを効果的に利用することで、太陽電池のさらなる上昇を目指す”ホットキャリア太陽電池”が提案されています。

 

ハライドペロブスカイト半導体:ペロブスカイト構造のAサイトに有機分子やセシウム、Bサイトに鉛やスズ、Xサイトにハロゲン(ヨウ素、臭素、塩素)を持つ半導体。各サイトの構成元素を変えることで、バンドギャップエネルギーなどの電子特性を自在に制御できます。