構造の似たアルコールを識別して変換する触媒反応開発

本研究成果は、2021年12月23日、にドイツの化学専門誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。

 京都大学化学研究所の橋本悠 博士課程学生、上田善弘 助教、川端猛夫 教授(現国際医療福祉大学福岡薬学部教授)と大学院薬学研究科高須清誠 教授らは、反応性の類似した第一級アルコールを識別して化学変換する手法を開発しました。独自に開発した有機分子触媒が水素結合により基質構造の違いを認識し、他のアルコール共存下で1,5-アミノアルコール誘導体を選択的にシリル化することができ、酵素を彷彿させるような基質選択性を示すことを見出しました。

 
1. 背景
 アルコール(水酸基)のシリル化は多段階合成に欠かせない代表的な保護法の一つです。これは、シリル基の嵩高さを利用して、立体的に空いた第一級水酸基選択的シリル化が容易であることや、他の保護基と区別した選択的脱保護が可能なためです(図1a)。一方で、立体的に環境の似た水酸基を見分けてシリル化する方法はほとんど存在しません(図1b)。当研究グループでは、水素結合によって基質の官能基を認識し、基質本来の反応性を逆転させる触媒反応の開発を行ってきました。この分子認識型触媒をシリル化反応に展開することで、反応性の似た水酸基を区別して、選択的にシリル化することができるのではないかと考えました。これによって、合成化学におけるシリル化反応の有用性を大幅に拡張できると期待しました。
 
 
2. 概要
 様々な炭素鎖長を有する1,n-アミノアルコール誘導体(n = 2~7)のシリル化の相対反応速度を比較しました(図2)。シリル化に汎用されるDMAP触媒を用いると、炭素鎖長が長くなるにつれて反応性が増大する傾向が見られました(図2a)。これは反応する水酸基周りの立体障害を反映した基質本来の反応性を示しています。一方、分子認識型触媒1を用いると、1,5-アミノアルコール誘導体が顕著に高い反応性を示しました(図2b)。特に、1,4-アミノアルコール誘導体に比べて1,5-アミノアルコール誘導体の反応速度比は約11となり、これは1がアミノアルコール誘導体の官能基間距離を識別してシリル化を触媒していることを示しています。
 
 
 この触媒による官能基認識を利用してアルコール混合物から一つを選択的にシリル化できないかと試みました。1,5-アミノアルコール誘導体(A-OH)と、類似の炭素鎖長を持つ三種の5位置換-1-ペンタノール誘導体(B-OH、C-OH、D-OH)との四成分の混合物に対しシリル化反応を行うと、触媒によって全く異なるプロファイルを示しました(図3)。DMAP触媒の場合は、四成分それぞれにシリル化が進行し、1,5-アミノアルコールのシリル化体(A-OSi)は最も低収率(図3a)となった一方で、触媒1の場合はA-OSiが57%収率で得られ、他のシリル化体は5%程度しか得られませんでした(図3b)。以上のことから、触媒1は反応点である水酸基から離れた位置の官能基を認識し、酵素のように基質を選んでシリル化を触媒することがわかりました。
 
 
3. 展望
 同一の官能基(第一級水酸基)を持つ化合物のうち、狙った化合物を選択的にシリル化させる手法(基質選択的シリル化)は前例がなく、本研究で得られた知見はポリオール化合物の位置選択的修飾法やアルコール混合物からの選択的分離法への展開が期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、科学研究費補助金、小林財団、上原記念生命科学財団、笹川科学研究助成からの支援によって行われました。
 

●用語解説●

アルコール:ヒドロキシ基(水酸基)を持つ有機化合物。水酸基が結合している炭素に結合する置換基の数で、第一級、第二級及び第三級アルコールと区別される。

 

シリル基:-SiR3で表されるケイ素原子を含む置換基。水酸基の保護に頻用される。アルキル基(R)の構造によって多様な保護基が開発されている。

 

有機分子触媒:金属元素を含まない、触媒作用を示す低分子化合物。