高Fe濃度1-12系(ThMn12型)希土類磁石微粒子の高保磁力化に成功 -高性能永久磁石実用化に向けた新たな進展-

この研究成果は、2021年11月8日に日刊工業新聞に掲載されました。
京都大学化学研究所のTRINH Thang Thuy 特定助教、佐藤良太 助教、寺西利治 教授の研究グループは、ThMn12型構造をもつ高Fe濃度1-12系希土類磁石の代表である(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12微粒子の高保磁力化に成功しました。高Fe濃度1-12系希土類磁石は、ネオジム磁石の性能を超える希土類磁石として注目されていますが、微粒子の高保磁力化が困難とされてきました。
本研究では、化学合成で得られた複合金属酸化物ナノ粒子の熱処理および還元処理により2~3 µm程度の(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12単相微粒子を合成することに成功し、これに表面処理を施すことで1 Tを超える高保磁力が発現することを見出しました。合成直後の(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12微粒子では、微粒子表面の元素組成(結晶相)が内部と異なっていますが、表面処理を行うことにより微粒子がほぼ完全なThMn12型構造になることが分かりました。最適な表面処理を行うことにより、(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12微粒子の保磁力が1.6 Tまで向上することも分かりました。これらの知見は、高Fe濃度1-12系希土類磁石の高性能永久磁石としての実用化につながると考えられます。本成果は、特許出願済(特願2021-079367)であり、2021年12月1日に東京大学伊藤謝恩ホールで行われるMagHEM-ESICMM合同公開シンポジウムで発表されます。
 
 
1. 背景
 現在、広く利用されている最強の永久磁石は、Nd2Fe14Bを主相とするネオジム磁石で、その発見から既に40年近くが経過しています。ネオジム磁石の性能を超える磁性材料に関してこれまでに多くの研究が行われていますが、ネオジム磁石を上回るポテンシャルを持つ硬磁性相の報告は少なく、新規磁性材料の開発と発見が強く望まれています。
 永久磁石には、残留磁化保磁力がそれぞれ高いことが望まれており、それらの上限値は、硬磁性相の自発磁化と異方性磁界に支配されると考えられています(図1)。更に、キュリー温度が高いほど熱的安定性も高くなり、いずれの値も高いことが高性能な永久磁石としての指針となっています
 
図1:代表的な磁性材料の室温磁気特性
(Sm(Fe1-xCox)12およびNdFe12N化合物は薄膜状、その他の化合物は粉末状)
 
2. 研究手法・成果
 私たちは粒径数µmの磁性微粒子を研究する中で、微粒子表面が微粒子自身の磁気特性に大きな影響を及ぼすことに気づきました。具体的には、化学合成で得られた複合金属酸化物ナノ粒子の熱処理および還元処理により2~3 µm程度の(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12単相微粒子を合成することができますが(図2)、合成直後の(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12単相微粒子の保磁力は0.2 Tと非常に小さく、その原因がよく分からないことが課題でした。合成直後の(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12微粒子では、微粒子表面の元素組成(結晶相)が内部と異なっていますが、表面処理を行うことにより微粒子がほぼ完全なThMn12型構造になることが分かりました。最適な表面処理を行うことにより、(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12微粒子の保磁力が1.4 T(最高値は1.6 T)、残留磁化が1.2 T以上まで向上することも分かりました。表面処理条件の最適化や微粒子の微細化により、さらに高保磁力化することも可能であり、高Fe濃度1-12系希土類磁石の高性能永久磁石としての実用化が期待されます。
 
図2:(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12単相微粒子の合成方法
 
3. 波及効果、今後の予定
 世界の電力の半分強は、モーター駆動、すなわち力学エネルギーへの変換に使われているため、モーターのキーマテリアルである永久磁石の高性能化は、省エネルギーに多大な貢献をもたらします。現在最強の永久磁石は、Nd2Fe14Bを主相とするネオジム磁石ですが、その性能を凌駕する永久磁石の開発は世界の喫緊の課題と言えるでしょう。今後は、面処理条件の最適化や微粒子の微細化により、さらに(Sm,Zr)(Fe,Co,Ti)12微粒子の高保磁力化に取り組むとともに、磁場配向したバルク磁石の創製も行う予定です。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>磁性材料研究拠点(ESICMM)の支援を受け実施いたしました。
 

●用語解説●

残留磁化:磁場が印加されていない状態で、磁性体がもつ磁化のこと。磁場を印加して磁化させたのち、磁場をゼロにしても磁化がゼロにならずに残ることを「残留磁化をもつ」という。

 

保磁力:磁性体がもつ磁化の向きに反対方向の磁場を印加させたとき、磁化または磁束密度がゼロになるときの外部磁場の値をいう。

 

異方性磁界:磁性体を磁化するときに、結晶軸の向きによって磁化しやすい方向(容易軸方向)としにくい方向(困難軸方向)ができる性質を磁気異方性と言い、この磁気異方性の効果と等価な磁界を異方性磁界という。

 

キュリー温度:物質が磁性を失う(強磁性体が常磁性体に変化する)温度のこと。

 

 

この研究成果は、日刊工業新聞新聞(11月8日 7面)に掲載されました。