ペプチドデンドロンチオラート修飾金ナノクラスター:超分子反応場におけるアミノアルコールの光触媒的酸化反応の加速

本研究成果は2021年10月15日に、米国化学会「ACS Catalysis」誌のオンライン版に発表され、表紙に採用されました。
磯﨑勝弘 助教、坂本雅典 准教授、高谷光 准教授、寺西利治 教授、中村正治 教授らグループは、樹状に縮合したペプチドを置換基として有するペプチドデンドロンチオラートで保護された金25核ナノクラスターを合成し、ペプチドデンドロンが水素結合に基づく超分子反応場として作用することでアミノアルコールの光触媒的酸化反応が促進されることを見出しました。これまで、チオラートで保護された金ナノクラスターが触媒として作用して種々の反応が効率良く進行することは知られていましたが、チオラート配位子の分子構造が触媒活性にどのような効果を及ぼすかなどは明らかになっていませんでした。本研究では、多点水素結合部位を有するペプチドデンドロンをチオラート上の置換基として有する金25核ナノクラスターが水素結合により基質をクラスター表面に補足することで、通常のアルキル置換基を有する金25核ナノクラスターに対し、光触媒反応の反応速度が最大で21倍加速されることを見出しました。
 
 
背景
 金属ナノクラスターは単一組成を有する分子であり、様々な触媒反応に利用される金属ナノ粒子よりも高い比表面積を有することから、触媒としての利用が期待されています。これまでに、チオラート配位子を用いて安定化された金属ナノクラスターを用いた触媒反応が報告されていますが、いずれもチオラート配位子上の置換基は単純なものが使用されており、触媒活性に与える配位子上置換基の分子構造と触媒機能との相関はこれまで考慮されてきませんでした。また、ペプチドを置換基として有するチオラートで保護された金属ナノクラスターはこれまでにも報告例はありますが、触媒として利用した例は知られていませんでした。同研究グループは粒径の大きな金ナノ粒子上において自己組織化単分子膜が配位子-基質間の分子間相互作用に基づいて触媒反応を加速する効果を示すことから着想を得て、金ナノクラスター配位子上の置換基として樹状に広がったペプチドデンドロンを用いれば、水素結合に基づく超分子反応場を形成し、高活性な金ナノクラスター触媒の開発が可能と考えて本研究に着手しました。
 
概要
 本研究では、コア部分にチオールを有し、L-オルニチンを繰り返し単位として樹状に縮合したペプチドであるペプチドデンドロンチオールを用いて、第一世代、第二世代、第三世代のペプチドデンドロンチオラート修飾金25核ナノクラスター(DOPx-AuNC, x=1-3)を合成しました(図1)。単一組成の純粋化合物として得られたDOP1-AuNC、およびDOP2-AuNCを用いて触媒反応の検討を行った結果、金25核ナノクラスターコアの光増感作用に基づいてβ-アミノアルコールの酸化的環化反応が進行し、対応するオキサゾリジン類が効率良く得られることを見出しました。
 
図1:ペプチドデンドロンチオラート修飾金ナノクラスター(DOPx-AuNC)の配位子として使用した第一、第二、第三世代ペプチドデンドロンチオールの分子構造
 
 本光触媒反応における配位子の効果を検討した結果、水素結合特性を持たないフェニルエタンチオラート配位子で保護された金25核ナノクラスターPET-AuNCに対し、ペプチドデンドロンチオラート配位子を用いた金ナノクラスターが高活性な光触媒として作用することが明らかになりました。反応速度解析から、水素結合形成に適した低極性溶媒のクロロホルム中では、ペプチドデンドロンにより最大で21倍も反応が加速されることを見出しました(図2)。溶媒極性を変えて温度可変円二色性スペクトル測定を行った結果、ペプチドデンドロンがデンドロン間の水素結合に基づいて、溶液中において動的な構造変化を示す超分子反応場を形成していることが確認されました。最終的に、1H NMRを用いた会合実験により、金ナノクラスター上のペプチドデンドロンがアミノアルコールと水素結合を形成することで、光触媒反応が促進されていることを明らかにし、ペプチドデンドロンの構築する超分子反応場による反応加速効果を実証しました。
 
図2:(A) アミノアルコールの光触媒的酸化反応におけるペプチドデンドロンチオラート配位子の反応加速効果、(B) 1H NMRを用いた会合実験によるペプチドデンドロン-アミノアルコール間の水素結合
 
展望
 本研究成果は、無機合成に基づく金属ナノクラスターの錯体化学と、有機合成に基づく配位子の超分子化学の融合により、高活性触媒の創出が可能であることを示したものであり、今後の触媒設計により従来法では困難な未踏化学反応の開発につながることが期待されます。
 
研究プロジェクトについて
本研究は、科学研究補助金(JP26410118、JP16805188、JP15H01085)、池谷科学技術振興財団、生産開発科学研究所、および京都大学化学研究所の国際共同利用・共同研究拠点の補助を受けて行われました。
 

●用語解説●

金属ナノクラスター:数個から数百個の金属原子が金属-金属結合を介して結合したもの。特に、金属ナノ粒子と区別するために、金属性を示さない粒径約2ナノメートル以下程度の原子数のものを金属ナノクラスターと呼ぶ。

 

デンドロン:中心から規則的に分岐した構造を持つ高分子であるデンドリマーを構成する側鎖の部分。中心部のコアと結合し、デンドリマー構造を形成する。

 

光触媒反応:光照射によって励起状態になり、励起エネルギーを何らかの形で他の分子、材料に与えることのできる物質を光触媒と呼び、光触媒の作用によって進行する反応を光触媒反応と呼ぶ。一般によく知られる酸化チタンは励起電子、および正孔による還元/酸化反応を行うが、励起エネルギー移動を行う光増感作用に基づく反応も光触媒反応の一つである。

 

超分子:複数の分子が非共有結合によって会合し、特定の構造や機能を生み出す分子集合体。生体内に存在するたんぱく質や脂質、DNAなどはいずれも超分子であり、非共有結合に基づいて特異な立体構造を形成している。