Sn-Pbペロブスカイト半導体で7 μsを超えるキャリア寿命を実現:光電変換効率>21%の太陽電池の作製

本研究成果は、2021年10月20日に国際学術誌「Chemical Science」に掲載されました。 

京都大学化学研究所の若宮淳志 教授、Hu, Shuaifeng 博士課程学生(理学研究科 D2)、Truong Minh Anh 助教、大塚健斗(理学研究科修士課程 卒業生)、岩崎保子 研究員、Murdey, Richard 講師、山田琢允 特定助教、半田岳人(特定助教(当時))、金光義彦 教授、大阪大学大学院工学研究科の西久保綾佑 助教、佐伯昭紀 教授らの研究グループは、ペロブスカイト半導体薄膜の表面に、食品添加剤(香料)としても知られるマルトールを薄く塗ることで、欠陥構造の形成やSn(II) 種の酸化を抑制でき、Snを含むペロブスカイト半導体薄膜でも、7 μsを超える非常に長いキャリア寿命が実現できることを発見しました。この表面処理法を用いて作製したSn-Pb混合型のペロブスカイト太陽電池では、21.4%の光電変換効率を得ることに成功しました。今回の発見は、Snへの配位構造が形成可能な構造をもつ化合物であれば、食品添加物などの身近な物質でもペロブスカイト半導体の特性を飛躍的に向上することができることを示すものです。今後、本成果をもとに、表面処理法等のナノ技術開発を進めることにより、さらにペロブスカイト半導体材料を高品質化することが可能であり、より高性能な太陽電池や発光デバイスなどの開発につながることが期待されます。

 
1. 背景
 ペロブスカイト半導体を光吸収材料に用いた太陽電池が、材料の溶液を塗って作製できる次世代の太陽電池として注目を集めています。ABX3型(Aサイト:メチルアンモニウムイオン(MA)、ホルムアミニジウムイオン(FA)、Csなど、Bサイト:Pb、Snなど、Xサイト:I、Brなど)として表されるペロブスカイト半導体は、各イオンの組み合わせで、バンド構造を調整でき、可視光領域から近赤外領域にわたる広い範囲で吸収波長を制御することができます。これまでは、BサイトとしてPbを用いた材料を中心に開発研究が行われてきましたが、鉛の毒性の問題から、Snを用いたスズ系ペロブスカイト太陽電池が注目を集めています。BサイトにPbを用いた場合では、光吸収波長(バンドギャップ)は800 nm(1.6 eV)付近ですが、Snを用いると940 nm(1.32 eV)となり、さらに、PbとSnを1:1程度に混ぜることで、光吸収波長は1050 nm(1.24 eV)にまで拡張し、より広帯域の太陽光を光電変換することが可能になります。一方で、Snを含むペロブスカイト半導体では、Sn(II)種がSn(IV)種へと酸化されやすいため、高品質なペロブスカイト半導体薄膜を作製するのが難しく、太陽電池としても低い特性にとどまっていました1)。これに対して、2020年に私たちは、独自のSn(IV)を取り除く「スカベンジャー法」を開発2)し、高品質なSn系ペロブスカイト半導体膜の作製に成功しています。
 
2. 研究内容
 本研究では、1000 nm以上の近赤外にわたって広帯域で太陽光を光電変換できるSnとPbの混合型ペロブスカイト薄膜に着目し、その高品質化に取り組みました。Sn(IV)スカベンジャー法を用いるとともに、新たに独自のペロブスカイト薄膜の表面処理法の開発を行いました。表面修飾材料として着目したのが、食品添加剤としても用いられているマルトールという化合物です。この化合物は、Snなどの金属に二座で配位構造を形成できるケトンとアルコール部位をもっています。実際にモデル反応として、一連のSnX2(X = ハライド)と混ぜることで、Snに配位した錯体を形成することを確認しました(図1)。
 
 
図1. マルトールとSnI2の錯体化反応例。
 
 Sn-Pb混合型ペロブスカイト薄膜(Cs0.1FA0.6MA0.3Sn0.5Pb0.5I3)を、前駆体溶液にSn(IV)スカベンジャー法を用いて作製し、得られた薄膜に対してマルトールの溶液で表面処理を行いました。XPS測定でSn(IV)種の混在割合を見積もった結果、従来法で作製したSn-Pbペロブスカイト薄膜では9%のSn(IV)種が観測されましたが、スカベンジャー法を用いることでその割合は6%になり、さらにマルトールの表面処理を組み合わせることで3%にまで低減できることがわかりました。これらの処理により、グレインサイズ等の膜の形状には大きな変化は見られませんでしたが、XRD測定の結果、ペロブスカイトの (100) や (200) 面に対応するピーク強度が大きくなり結晶性が向上することが確認されました。電気化学測定により、このペロブスカイト半導体薄膜中のキャリアトラップ密度を見積もったところ、従来の薄膜(2.9×1015 /cm3)に比べても、本手法を用いることで6.3×1014 /cm3へと低減することも確認でき、高品質な薄膜を作製できることがわかりました。
 ペロブスカイト太陽電池は、ペロブスカイト半導体材料が光を吸収し、生成したキャリア(電子と正孔)を電気エネルギーとして取り出すことで発電します。そのため、太陽電池の特性はペロブスカイト半導体膜の品質に大きく依存します。特に、光を吸収して生成するキャリアの寿命は発電材料としての性能の良い指標となり、キャリア寿命が長いほど、材料として優れていることになります。得られたSn-Pb混合型ペロブスカイト薄膜に対して、時間分解蛍光測定法により発光特性を詳細に調べました。その結果、従来法で作製したものでは蛍光寿命は1.3 μsでしたが、Sn(IV)スカベンジャー法を用いることで、3.7 μsになり、さらにマルトールを用いた表面処理により7.4 μsもの長い蛍光寿命をもつことを明らかにしました(図2)。これは、これまでに報告されている寿命3)に比べても6倍以上も長いキャリア寿命です。この長いキャリア寿命はマイクロ波を用いた測定(TRMC法)でも確認されています。キャリアの移動度(0.02–0.05 cm2/s)を考慮すると、キャリアの拡散長は3.8~6.1 μmにも及び、比較的厚い膜厚(~1 μm)のペロブスカイト半導体でも十分に生成したキャリアを各電極に補修でき、効率的に発電できることが示唆されました。
 
図2. ペロブスカイト半導体薄膜の蛍光寿命特性:従来法、Sv(スカベンジャー法)、マルトールでの表面処理の効果。
 
 実際に、このペロブスカイト半導体薄膜(膜厚860 nm)を用いて、太陽電池を作製し、その特性を評価しました(図3)。その結果、IPCEスペクトルでは、300 nm~1050 nmにわたる広い領域で太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換(外部量子効率>90%、内部量子効率~100%)でき、太陽光エネルギー全体でも21.4%の光電変換効率(JSC = 33.1 mA/cm2, VOC = 0.82 V, FF = 0.79)で発電できることを明らかにしました(図4)。
 
図3. ペロブスカイト太陽電池の(a)デバイス構造と(b)断面の電子顕微鏡像。
 
 
図4. 太陽電池の特性:IPCEスペクトル。
 
3. 今後の展望
 今回開発した表面処理技術は、スズを含むペロブスカイト半導体薄膜材料の高品質化に一般的に用いることができ、太陽電池だけでなく、発光ダイオードや、イメージセンサなど様々な光電デバイスの高性能化につながるものと期待できます。今後、本研究成果は、京大発ベンチャー(株)エネコートテクノロジーズにも技術移転し、高性能のペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた開発研究を展開していく予定です。
 

●用語解説●

光電変換効率太陽電池において、素子に照射された太陽光のエネルギーを電力に変換する効率。

 

株式会社エネコートテクノロジーズ:京都大学化学研究所でのペロブスカイト太陽電池の研究成果をもとに、京都大学発のベンチャーとして、2018年1月に設立。代表取締役 加藤尚哉氏 https://www.enecoat.com/

 

 
参考文献
1) T. Nakamura, T. Handa, R. Murdey, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, ACS Appl. Electron. Mater. (Spotlight) 2020, 2, 3794. DOI: 10.1021/acsaelm.0c00859.
2) T. Nakamura, S. Yakumaru, M. A. Truong, K. Kim, J. Liu, S. Hu, K. Otsuka, R. Hashimoto, R. Murdey, T. Sasamori, H. D. Kim, H. Ohkita, T. Handa, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, Nat. Commun. 2020, 11, 3008. DOI: 10.1038/s41467-020-16726-3.
3) J. Tong, Z. Song, D. H. Kim, X. Chen, C. Chen, A. F. Palmstrom, P. F. Ndione, M. O. Reese, S. P. Dunfield, O. G. Reid, J. Liu, F. Zhang, S. P. Harvey, Z. Li, S. T. Christensen, G. Teeter, D. Zhao, M. M. Al-Jassim, M. F. A. M. van Hest, M. C. Beard, S. E. Shaheen, J. J. Berry, Y. Yan, K. Zhu, Science, 2019, 364, 475. DOI: 10.1126/science.aav7911.
 
4. 研究プロジェクトについて
(1)NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)
「太陽光発電主力電源化推進技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発/フィルム型超軽量モジュール太陽電池の開発(重量制約のある屋根向け)」
研究課題名:「高自由度設計フィルム型ペロブスカイト太陽電池モジュールの技術開発」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:2020年度〜2025年度

(2)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「光マネジメントによるCO2低減技術(実用技術化プロジェクト)」
(プログラムオフィサー:谷口 研二 大阪大学 特任教授)
研究課題名:「環境負荷の少ない高性能ペロブスカイト系太陽電池の開発」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:2016年度〜2020年度

(3)革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)拠点 (国立研究開発法人科学技術振興機構)
「活力ある生涯のためのLast 5Xイノベーション」
(プロジェクトリーダー:野村 剛 パナソニック株式会社 客員、リサーチリーダー:小寺 秀俊 京都大学 特定教授、理研 理事)
研究課題名:「フィルム型太陽電池」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:2013年度〜2021年度

(4)戦略的創造研究推進事業(CREST)(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」
(研究総括:北山 研一 光産業創生大学院大学 特任教授)
研究課題名:「ハロゲン化金属ペロブスカイトを基盤としたフレキシブルフォトニクス技術開発」
研究代表者:金光 義彦(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:2016年度〜2021年度

(5)京都大学化学研究所 国際共同利用・共同研究拠点
研究課題名:「スズペロブスカイトに特化したホール輸送材の開発と素子評価」
研究者:佐伯 昭紀(大阪大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間:2021年度
(6) 日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金および特別研究員
研究番号:JP19K05666, JP20K22531, JP20H00398, JP20H05836, JP21H04699, JP21J14762