環境に優しい高効率冷却システムを実現する新酸化物エネルギー材料の発見
― 巨大圧力熱量効果による熱制御の実証 ―

本成果は、3月24日に国際学術誌「Advanced Functional Materials」にオンライン掲載されました。

 京都大学化学研究所の小杉佳久 博士課程学生、後藤真人 助教、譚振宏 博士課程学生、菅大介 准教授、島川祐一 教授の研究グループと産業技術総合研究所 磁性粉末冶金研究センター エントロピクス材料チームの藤田麻哉 研究チーム長、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の齊藤高志 特任准教授、神山崇 教授は國立台灣大學および台湾NSRRCの研究チームと共同で、Aサイト秩序型ペロブスカイト構造鉄酸化物NdCu3Fe4O12が巨大な圧力熱量効果を示し、高効率な熱制御が可能なことを実証しました。
 現在、世界の電力消費の25~30%が冷却に使われていると言われるほど、熱に関する問題がさまざまな形で顕在化してきています。熱量効果を利用すると高効率な冷却などの熱制御を実現できるので、熱問題の解決に繋がります。しかしながら、実用に供されている熱量効果材料はほとんどなく、大きな熱量効果を示す固体材料の開発が求められていました。本研究では、NdCu3Fe4O12が、室温付近でのサイト間電荷移動1次相転移に起因する磁気エントロピーの変化により、巨大な潜熱が生じることを見出しました。NdCu3Fe4O12では、圧力を加えることでこの巨大な潜熱のほぼ全てを効率的に蓄熱/放熱して利用できます。実験では、圧力熱量効果により5.1 kbar(510 MPa)の圧力を加えることで約13.7 ℃の大きな断熱温度変化を達成できることが見積もられました。このような材料を使うことで、環境に優しい高効率な新しい冷却システムを構築することが可能となります。

 
 
1. 背景
 近年、熱に関する諸問題がさまざまな形で顕在化してきています。地球温暖化による冷房需要の増大や食料の冷蔵保管、高度情報化社会を支えるコンピューターの発熱など、世界の電力消費の25~30%が冷却に使われているとも言われています。このような問題の解決に向けて、熱エネルギーを有効に利用し、高効率な熱制御を実現する技術の一つに熱量効果があります。熱量効果を使うと、圧力などの外場を加えることで熱を蓄えたり、取り出したりすることが可能となり、冷却などの温度制御が可能となります。特に、熱量効果を利用した冷却は従来のガス圧縮式冷却と比べて効率が高く、機器を小型化することも可能です。さらには冷媒であるフロンが不要であり、環境に配慮した次世代冷却方式として近年大きな注目を集めています。しかしながら、高効率な冷却を実現するほどの大きな熱量効果を示す固体材料はほとんどありませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 研究グループでは、大きな熱量効果を示す材料の候補としてスピン(磁性)・電荷・格子が強く結合したAサイト秩序型ペロブスカイト構造鉄酸化物NdCu3Fe4O12に注目しました。この物質は京都大学化学研究所の研究グループが2009年に負の熱膨張を伴うサイト間電荷移動という新現象を見出したLaCu3Fe4O12Nature 2009)のランタン(La)の代わりにネオジム(Nd)を含んだ物質であり、サイト間電荷移動転移が室温付近で起こります。このサイト間電荷移動による1次相転移において25.5 kJ kg−1 (157 J cc−1)という巨大な潜熱が生じることを見出しました。この潜熱が生じる際のエントロピー変化は84.2 J K−1 kg−1に達する大きなものであり、これはこれまでに報告されている無機固体材料での室温付近でのエントロピー変化としては最高値に匹敵します。研究グループでは、J-PARC MLFにある特殊環境中性子回折装置SPICA(BL09)を用いて、この巨大なエントロピー変化は特異な鉄(Fe)イオンのスピン整列による磁気エントロピーの変化に起因していることを明らかにしました。
 この巨大な潜熱を有効に使うためには、外場を加えて熱の出し入れ(蓄熱と放熱)を制御することが必要となります。NdCu3Fe4O12では圧力を加えることで、巨大な潜熱のほぼ全てを効率的に利用できることを実証しました。この圧力熱量効果により、室温付近では約5.1 kbar(510 MPa)の圧力を加えることで約13.7 ℃の大きな断熱温度変化を達成できることが見積もられます。この材料を使うことで、環境に優しい冷却システムを構築することが可能となります。今回の成果は、高効率な無機固体熱量効果材料を設計する新たな指針を示したものと言えます。
 
 
3. 波及効果、今後の予定
 NdCu3Fe4O12では圧力熱量効果により室温付近で最も高効率に熱制御を行うことができます。一方で、Nd元素をガドリニウム(Gd)やサマリウム(Sm)などの希土類元素や、さらには複数の元素で置換することで、サイト間電荷移動が起こる温度を調整できるので、圧力熱量効果が最も高効率となる温度範囲を調整することが可能であることも実証しました。これは、幅広い温度域で動作する冷却システムを構築することが可能なことを意味しています。
 今後は、これらの材料を用いた冷却システムを構築し、実用的な冷却機器の試作へと展開していく予定です。
 
4. 研究プロジェクトについて
本研究は科学研究費補助金、JSPS研究拠点形成事業(A)、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点、矢崎科学技術振興記念財団の支援によって行われました。また、測定の一部はNETZSCH Japan K.K.に協力いただきました。
 

●用語解説●

熱量効果:熱量効果とは、外場を変化させることで、材料が蓄熱や放熱する現象です。圧力により蓄熱/放熱が起こる現象を圧力熱量効果と呼び、系のエントロピーが減ると放熱し、エントロピーが増加すると吸熱します。産業技術総合研究所 磁性粉末冶金研究センター エントロピクス材料チームでは、これまでにさまざまな熱量効果に注目した研究を進めてきました。

 

サイト間電荷移動:物質の結晶中で異なる原子サイト間で電荷状態(イオン状態)が変化する現象です。NdCu3Fe4O12では、Aサイトの銅(Cu)とBサイトの鉄(Fe)のイオン状態が変化し、高温でのNdCu2+3Fe3.75+4O12から低温でのNdCu3+3Fe3+4O12へと変化し、低温相ではFe3+イオンの磁気モーメントが反強磁性的に整列します。

 

潜熱:物質の相が変化するときに必要な熱です。良く知られているのは、氷が溶ける際の融解熱や水が水蒸気となる際の蒸発熱(気化熱)などがあります。

 

エントロピー:系の乱雑さを示す指標です。熱力学、統計力学、情報理論などさまざまな分野で使われ、熱力学ではエネルギーを温度で割った単位で表されます。

 

J-PARC MLF:J-PARC(大強度陽子加速器施設)はKEKと日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設です。J-PARC内の物質・生命科学実験施設MLFでは、中性子ビームを用いた世界最先端の物質・材料研究が行われています。中性子は物質中の磁気モーメントと相互作用をするため、中性子回折実験から磁気モーメントの整列を知ることができます。