海洋ウイルスの種組成と炭素の鉛直輸送の相関を確認
―ウイルスによる地球環境の制御を示唆―

本成果は、2020年12月28日に国際学術誌「iScience」にオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所 金子博人 博士後期課程学生、緒方博之 同教授らが率いる国際共同研究チームは、海洋の各海域における炭素の鉛直輸送効率を、ウイルスの種組成から予測できることを明らかにしました。

 植物プランクトンが光合成により固定した炭素の一部は、凝集粒子の形で深層へと鉛直輸送されます。この炭素の鉛直輸送プロセスを生物炭素ポンプと呼びます。近年、海洋に存在するウイルスが生物炭素ポンプを制御している可能性が注目されています(生物炭素ポンプの「ウイルス制御説」)。「ウイルス制御説」は、これまで限れた海域や実験室で研究されてきました。しかし、ウイルスによる制御が全球規模で機能しているかは定かでありません。国際共同研究チームは、国際海洋探査Tara Oceansが産出したウイルスの種組成データに基づき、生物炭素ポンプの効率を予測することが可能であることを確認しました。さらに、生物炭素ポンプの効率と強く関係するウイルスは生態学的に重要なプランクトンに感染している証拠を得ました。本研究結果は、ウイルスが物質循環や地球温暖化の制御にも関係している可能性を提示しています。

 
図1:本研究の概要。全球規模で採取した海水サンプルの遺伝学的解析で得たウイルスデータに基づき、生物炭素ポンプの効率を回帰モデルにより予測可能であることを明らかにした。
 
1. 背景
 地球の表面の7割を占める海洋は、大気中の二酸化炭素を吸収しています。太陽光が届く有光層では植物プランクトンが活発に光合成を行ない、二酸化炭素を固定しています。固定された炭素の一部(15%~20%)は、有機物や細胞残渣の凝集体となり、重力により深海に沈降します。生物を介したこうした炭素の鉛直輸送プロセスは「生物炭素ポンプ」と呼ばれています。しかし、複雑な生物間相互作用の影響を受ける生物炭素ポンプの強弱を決定する機構について詳細は解明されていません。
 海洋には10の30乗個もの多様なウイルスが存在します。これは微生物を含む海洋生物の全個体数の10倍に相当する数です。無数に存在するウイルスによる微生物の種特異的殺傷は、微生物群集の安定性や物質循環に寄与していると考えられています。そうした中、ウイルスが生物炭素ポンプの効率に役割を果たしている可能性を支持する証拠も蓄積しつつあり、生物炭素ポンプの「ウイルス制御説」と呼ばれています。しかし、これまでのウイルス制御説の研究は、特定の海域における観測、あるいは複雑な生態系を単純化した実験からの証拠に基づいたものでした。したがって、生物炭素ポンプのウイルス制御が実際に様々な海洋で機能しているのかどうかは明らかではありません。国際共同研究チームは、もし、「ウイルス制御説」が正しいならば、それぞれの海域に存在するウイルスの種組成は、その海域における生物炭素ポンプの効率と関係があるのではないかと考えました。
 
2. 研究手法・成果
 研究チームは国際海洋調査船タラ号による探査(Tara Oceans)において全球規模で採取した海水サンプル由来の遺伝学的(メタオミクス)データを計算機により解析し、各海域に存在する真核生物感染性のウイルスを調査しました。具体的には、長い二本鎖DNAゲノムをもつ巨大ウイルス系統、一本鎖DNAゲノムをもつウイルス系統、RNAゲノムを持つウイルス系統を、それぞれのウイルス系統で保存されているポリメラーゼ遺伝子をマーカーとして、各海域におけるウイルスの種組成を調べました(図2)。一方、生物炭素ポンプの効率とは、有光層における一次生産のうち深層に輸送される割合に相当する数値です。本研究では、各海域における生物炭素ポンプの効率はタラ号による探査時に撮影された海中に浮遊する小粒子イメージに基づいて算出されました(図3)。
 
図2:Tara Oceans由来の遺伝学的データから検出されたウイルス系統(黒い線で描かれた系統樹の枝)。赤い枝はすでにデータベースに登録されている既知ウイルス系統。
 
図3:Tara Oceansのサンプル採取地点と各地点における生物炭素ポンプ効率(Carbon Export Efficiency, CEE)。
 
国際共同研究チームは回帰分析の一手法である偏最小二乗回帰法で、遺伝学的データから求められた各海域におけるウイルス種組成から、実測された生物炭素ポンプの効率を予測するモデルを作成しました。その結果、予測モデルにより生物炭素ポンプの効率の変動の67%を説明でき、実測値と予測値の相関は統計学的に有意に高いことを明らかにしました(図4、相関係数0.84、P値<10-4)。
 
図4:実測された生物炭素ポンプ効率とモデルにより予測された効率の関係(左)。生物炭素ポンプの効率と強く関係するウイルス種を表した図(右)。
 
 共同研究チームはさらにウイルスの宿主を予測する計算手法を新規開発しました。この手法を用いて、生物炭素ポンプの効率と強く関係するウイルスの宿主を予測したところ、緑藻(マミエラ目)、ハプト藻(プリムネシウム目)、珪藻といった光合成をおこなう微細藻類や動物プランクトンであるカイアシ類が宿主として予測されました。これらの生物は、海洋生態系で重要な役割を果たしていることがすでに知られています。また、緑藻やハプト藻はウイルスに感染すると透明な粘着物質を生成することが知られており、この粘着物質によりウイルス感染後の細胞の死骸が集まって凝集体を形成し、重力による沈降が速まる可能性が見えてきました。
 生物炭素ポンプの効率と正に関係しているウイルス群と負に関係しているウイルス群がいることも明らかいなりました。この結果は、ウイルスは生物炭素ポンプの効率を上げる機能と下げる機能の両面をもつというこれまでの理論的考察と一致します。ウイルスにより殺傷された細胞の残骸が粘着性物質により凝集体を形成し沈降が促進される作用が予想されています。ウイルスに感染した藻類は、動物プランクトンに好まれて捕食されるとの実験データもあり、これも最終的には炭素の沈降に寄与します。こうした正のプロセスは、いわばウイルスが運転手となった深海へのシャトル便と言え、「ウイルス・シャトル」と呼ばれています。一方、ウイルスは、植物プランクトンを殺傷し、固定された有機物を他の従属栄養微生物に循環させる機能もあります。この場合、炭素の動物プランクトンへの移行を抑えることになり、動物プランクトンを経由した生物炭素ポンプの効率は下がります。この負のプロセスは、ウイルスにより炭素が微生物への分流(シャント)に回されているため、「ウイルス・シャント」と呼ばれています。図3に示すように、生物炭素ポンプの効率と正に関係するウイルスと負に関係するウイルスの間には、系統的に大きな違いは見出されませんでした。このことは、ウイルス・シャトルとウイルス・シャントに特化したウイルスがいるのではなく、ウイルスによる生物炭素ポンプには正・負の面であり、両者は感染過程の中での時期や、生態系の動態に依存している可能性があると研究チームは考えています。
 
3. 波及効果、今後の予定
 今回観察されたウイルス種組成と生物単ポンプの効率の関係は、「ウイルス制御説」と整合性があり、ウイルスが海洋生態系におけるキープレーヤーに感染することにより、物質循環や地球温暖化の制御にも関与している可能性を提示しています。しかし、共同研究チームは、今回の結果について、ウイルスが生物炭素ポンプの効率を制御しているという因果関係まで証明できたものではないと考えています。今後、因果関係を明らかにするためには、微生物・ウイルス群集の鉛直分布と経時変化を詳細に調査し、それが凝集体の形成と崩壊にどのように関与しているかを解明する必要があります。現在、「凝集体生命圏(基盤S)」で進めている研究では、凝集体の成長・崩壊過程を研究しており、その中でウイルスの役割がさらに明らかになると期待しています。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は科研費(新学術領域提案型「ネオウイルス学」、基盤研究(B)、基盤研究(S))、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点の支援を受けて行われました。
 

●用語解説●

メタオミクス:メタオミクスは、微生物群集に含まれる多数の生物に由来する遺伝学的情報を、培養を経ずに網羅的に扱う技術である。本研究では、DNA配列の網羅的データであるメタゲノムとRNA配列の網羅的データであるメタトランスクリプトームをウイルスの解析に用いた。

 

巨大ウイルス:二本鎖DNAウイルスの主要な系統の一つである核細胞質性大型DNAウイルス(NCLDV)の別名。一部の単細胞生物を凌ぐほど大きな粒子サイズとゲノムの長さが特徴的である。特に海洋においては豊富に存在し、宿主である真核生物を数の上で上回っていることが知られている。