ジッターフリーな超短パルスな電子ビームを実証
―超短パルス電子による超高速な電磁場観察―

本成果は、2020年11月23日(現地時間)に英国の科学誌「Scientific Reportにオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所の井上峻介 助教、橋田昌樹 同特定准教授、中宮義英 同研究員、阪部周二 同名誉教授の研究グループは、高強度短パルスレーザーで駆動される電子ビームを用いて、ジッターフリーな超短パルス電子源の開発に成功しました。また、この電子パルスを用いた超高速の電磁場観察に成功しました。
 あるとても短い時間のうちに起こる現象をとらえるためには、それと同等の時間だけ照らすことのできるパルス幅が非常に短い量子ビームを用います。この短パルス量子ビームの中でも、特にエネルギーが数10 keV(キロ電子ボルト)から数100 keVの電子パルスは、溶解や凝固、化学結合の切断・結合といったピコ秒(ps:ピコは1兆分の1)からフェムト秒(fs:フェムトは1000兆分の1)の間に変化する内部構造変化や超高速に変化する電磁場など、様々な超高速現象を観測する研究への応用が期待されています。今回、パルス幅が100 fsを下回る、世界最高性能を有する電子パルスの開発に成功しました。また、この電子パルスを使って、光パルスが真空中を光速で飛行している様子を撮影することに成功しました。
 本成果は、超短パルス電子を利用した超高速な物質の構造解析法や、ハイスピードな電磁場カメラなどの実現に貢献することが期待されます。

 
1. 背景
 1590年に可視光による顕微鏡が発明されてから現在に至るまで、より小さいものを、より多くの情報を可視化すべく、X線や電子、中性子やレーザーなど、様々な量子ビームを用いた顕微法が発展してきました。近年では、より小さなもの、すなわち空間的な情報に加えて、より短い時間に起こる現象、すなわち、時間的な変化をとらえるための研究が盛んになっています。ある“とても短い時間”のうちに起こる現象をとらえるためには、“それと同等の時間”だけ観察対象を照らすことのできる短パルスな量子ビームを用います。短パルス量子ビームの中でも、特にエネルギーが数10 keVから数100 keVの電子パルスは、溶解や凝固、化学結合の切断・結合といったピコ秒からフェムト秒の間に変化する内部構造変化や超高速に変化する電磁場など、様々な超高速現象を観測する研究への応用が期待されています。より速い現象をとらえるべく、より短いパルス幅を持った電子ビームの開発が、2000年頃から急速に発展してきました。しかしながら、電子が持つ電荷に起因する空間電荷効果のために、電子の短パルス化やタイミングジッターの低減が難しく、超高速に時間変化する様々な現象の可視化へ向けた大きな障害となっていました。
 よく知られているように電子はマイナスの電荷を持っています。短いパルス幅の中にたくさんの電子を詰め込もうとすると電子同士が反発してしまうので、短パルスの電子ビームを作るためには工夫が必要です。そこで、一般的にはRF電場を用いた電子パルスの圧縮装置によって、電子パルスのパルス幅を縮めるという手法が用いられてきました。電子パルスは光速の数十%の速度で飛行しています。飛行している電子パルスの前の部分が減速するような電場を加え、後ろの部分には加速する電場を加えるRF電場を通過させることでパルス幅を圧縮する、という方法です。この圧縮方法では、RFで振動するとても速い電場を用いますが、このRF電場が振動するタイミングと、電子パルスが到達するタイミングが極めて重要になります。このタイミングをとても高い精度で合わせることで、短パルス電子が得られていました。しかし、RF共振器や電気回路などの様々な特性を高度に制御しても、振動する電場のタイミングを完全にそろえることはできないため、本質的にジッターを0にすることができませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、高強度短パルスレーザーによって駆動される電子パルスと、時間変動する電磁場を完全に排除した静磁場型の電子光学系を用いることで、ジッターフリーな超短パルス電子を開発することに成功しました。この電子パルスのパルス幅は100 fsを下回り、エネルギーや電子数が同じクラスの電子パルスとして世界最高の性能を有しています。また、この電子パルスの有用性を示すデモンストレーションとして、光パルスが真空中を光速で飛行している様子を撮影しました。図1の各写真は、光パルスを電子パルスによってバックライトすることで、電磁場による相互作用を介した光パルスの“影”を撮影したものです。電子パルスと光パルスが交差する際に、光パルスの電磁場によって電子パルスがはじき出されることで影として撮像されています。この光パルスの影が100 fs秒ごとに左から右へと進んでいく様子を捉えたのが図1a〜eの一連の写真です。このように、光パルスの影絵を、電磁場との相互作用によってダイレクトに、100 fsごとに可視化することに成功しました。
 
図1:電子パルスでバックライトした光パルス。a〜eでは撮影するタイミングを100 fsステップでずらしており、光パルスが光速で左から右へと飛行している様子を表している。
 
3. 波及効果、今後の予定
 今回の成果により、電子―レーザーパルス間のタイミングジッターを生み出す原因を完全に除去できることが実証されました。物質科学や生命学、エネルギー科学などの様々な分野において、未だ明らかにされていない超高速現象は数多くあります。本研究で開発した高品位な電子パルスを利用することで、これまでに観測することの出来なかった超高速現象を直接捉えることが可能になり、幅広い分野の発展に貢献することが期待されます。
 今回実現した短パルス電子のパルス幅は、電子を加速するレーザーパルスのパルス幅や、その加速原理などに基づいて90 fs程度に制限されています。また、数時間かけて10 fs程度変動してしまうような、ゆっくりと変化するタイミングジッターが存在しています。さらに、電子パルスを用いた測定では、1パルスに含まれる電子の数は多ければ多いに越したことはありません。今後はこれらの問題を解決して、電子パルスのさらなる短パルス化や、電子数の増大を目指すとともに、まだ見ぬ超高速現象の観察を実施していく予定です。
 
4.研究プロジェクトについて
 本研究の一部は、科学研究費補助金(基盤研究(A)16H02127、基盤研究(C)18K11918、若手研究(B)16K17845)、H30-R2年度文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)基礎基盤研究JPMXS0118070187、松尾学術振興財団、天田財団の助成を受けて行われました。
 

●用語解説●

ジッター・タイミングジッター:時間軸方向での波形の揺らぎ・ばらつきのこと。