海洋巨大ウイルスの地理的分布を全球規模で解明
―海域による特異性が明らかに―

本成果は、2020年9月8日に国際学術誌「Nature Ecology & Evolution」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 遠藤寿 助教、緒方博之 同教授らが率いる国際共同研究チームは、海の巨大ウイルスの分布を全球規模で明らかにしました。
 一部の細胞性生物と同程度のゲノム複雑性をもつ巨大ウイルスは、その進化上の謎から多くの研究者が注目しています。しかし、彼らがこの地球上でどのような生態学的機能を担っているのかはよく分かっていません。研究チームは、巨大ウイルスの系統組成が海域や深度により大きく異なり、特に北極海には固有の系統が多く存在することを明らかにしました。また、太陽光が届く有光層と暗黒の中深層では通常、観察される巨大ウイルスの系統組成が大きく異なっていた一方で、組成類似度が例外的に高い海域も存在することを突き止めました。こうした海域では、植物プランクトンによる基礎生産が高く、巨大ウイルスがプランクトンの死骸とともに表層から沈降していると研究チームは考えています。この生物由来粒子の沈降輸送は生物炭素ポンプと呼ばれ、大気中のCO2を海洋深層に隔離することで気候を一定に保つ働きがあります。本研究結果は、巨大ウイルスが海洋生態系において植物プランクトンも含めた多様な宿主の集団動態を決めるキープレーヤーとして機能し、物質循環や地球温暖化の制御にも深く関係している可能性を示唆しています。

 
1. 背景
 今世紀に入り、様々な環境から、粒子サイズとゲノム長で一部の単細胞生物を凌ぐほど大きなウイルスの発見が相次いでいます。冷却塔、池、温泉などから分離されたミミウイルス、パンドラウイルス、メドゥーサウイルスなどが代表するこうした「巨大ウイルス」は、生命の起源と進化に新たな謎をもたらし、構造生物学や進化学の観点から多くの研究が行われています。しかし、彼らが現在の地球上でどのような役割を担っているのか定かではありません。こうした生態学的理解には大規模な調査が必要です。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、国際海洋調査船タラ号により全球規模で採取した海水サンプル由来のメタゲノムデータを計算機により解析し、そこに存在する巨大ウイルスの系統を解析しました。その結果、巨大ウイルスの様々な系統がどの海域にも存在していることが明らかになりました。また、巨大ウイルスの系統組成が、海域や大きさ(サイズ画分)により大きく異なることが分かりました。特に、北極海では、巨大ウイルスはその多様性が低い一方、北極海固有の系統が多数見出されることが明らかになりました(図2)。具体的には、北極海で観察された巨大ウイルスの22%は他の海域では見つかりませんでした。北極海では現在、気候変動による生態系構造の変化が顕在化しており、今後巨大ウイルス群集がどのように環境変化に応答するのかに注目する必要があります。
 
図1. 本研究で推測された真核生物巨大ウイルス群集間の相互作用 () と、中深層への巨大ウイルスの輸送機構モデルの概略図 ()。
 
2. () 各海域で出現した巨大ウイルスの全系統数、固有の系統数、および海域間で共通に見られた系統の数。() 各海域におけるメタゲノムサンプル数と全出現系統数および固有系統数との関係。
 
 また、太陽光が届く有光層(表層および亜表層クロロフィル極大層、深度2 m200 m)と太陽光が届かない中深層(深度200 m1000 m)の比較でも、観察される巨大ウイルスの系統組成が顕著に異なりました。このような海域や深度による巨大ウイルスの系統分布の変動は、そこに生息する真核微生物(植物プランクトンや従属栄養原生生物)の分布と強く相関していることを研究チームは発見しました(図1)。一方、不思議なことに、観察される巨大ウイルスの系統を全有光層サンプル対全中深層サンプルとで比較すると、中深層に観察される巨大ウイルスの系統はほぼ全て(99%)有光層にも存在していることが分かりました(逆に、有光層で観察された系統の71%が深層にも存在していました)。このことは、この二つの深度での巨大ウイルス組成が大きく異なることと対照的です。このことを説明するために、研究チームは表層と中深層で巨大ウイルスの組成を詳細に比較し、両深度での巨大ウイルス系統組成の類似度が例外的に高い場所があることを発見しました(図3)。さらに、こうした場所では、表層における植物プランクトンによる基礎生産(生物が二酸化炭素から有機物を生産すること)が高く、中深層で巨大ウイルスの多様性が上昇していることまで突き止めました。研究チームは、このような現象が起こるのは、特定の海域・環境で巨大ウイルスが表層から沈降しているためであると考えています。つまり、海洋微生物生態系は有光層と中深層で一部繋がっており、個々の粒子では自重による沈降が不可能な巨大ウイルスは、真核生物に感染あるいは付着することで中深層へ輸送されている可能性があります。
 
3. () 表層と中深層における巨大ウイルスの群集類似度の緯度変化。() 鉛直的な群集類似度と表層における植物プランクトン現存量との関係。() 鉛直的な群集類似度と深層のウイルス多様性との関係。
 
3. 波及効果、今後の予定
 これらの研究結果は、広い海洋において巨大ウイルスが様々な真核微生物を宿主として地域ごとにコミュニティーを形成していることを示しています。一部の巨大ウイルスは植物プランクトンに感染することでその個体群を死滅させることがすでに報告されており、今回観察された巨大ウイルスの多様性と遍在性は、この死滅効果が全海洋に及んでいることを示しています。このことから、巨大ウイルスが真核微生物の局所的な群集動態や粒子沈降に影響を与え、その結果、地球規模の物質循環に寄与している可能性が示唆されます。巨大ウイルスも含めてウイルス全体が海洋での物質循環にどのように関わっているのか、さらなる研究が期待されます。今回明らかになった巨大ウイルス地理分布は、そうした今後の研究の基盤になると期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は科研費(新学術領域提案型「ネオウイルス学」、基盤研究(B)、若手研究)、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点の支援を受けて行われました。
 

●用語解説●

巨大ウイルス:核細胞質性大型DNAウイルスとも呼ばれ、2000年代に入ってから提唱された比較的大きな粒子サイズをもつウイルスに対する一般的な名称です。ウイルスの大きさや形は様々ですが、巨大ウイルス以外では、最も小さいサーコウイルスで12ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)、新型コロナウイルスは100ナノメートル程度です。一方、巨大ウイルスの粒子サイズは小型のものでも150ナノメートル、2018年に発表されたトゥパンウイルスでは1,200〜2,300ナノメートル(1.2〜2.3マイクロメートル)になります。また、粒子の大きさだけでなく、含まれるゲノムの大きさや遺伝子の数もその他のウイルスを大きく上回っています。

 

単細胞生物:単一の細胞からできている生物のことを言います。環境に応じて群体を形成する種もいます。全ての細菌と古細菌、一部の真核生物が単細胞生物です。自己増殖可能な細菌で最小の部類に入るマイコプラズマは、細胞の大きさが200ナノメートル程度です。

 

メタゲノムデータ:全ての生物やウイルスは個体あるいは生物種ごとに固有のゲノムを持っており、環境中では多種多様な生物種が集まって群集を構成します。メタゲノムとは、そのような群集中に存在するゲノムの総和を意味する用語で、微生物やウイルスの研究分野で用いられます。そのようなメタゲノムのDNA配列を次世代シーケンサーという装置によって半網羅的に取得したものが、メタゲノムデータと呼ばれます。