高純度スズ系ペロブスカイト半導体膜の作製法を確立
―4価のスズ不純物を取り除くスカベンジャー法の開発―

本研究成果は、2020年6月16日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所の若宮淳志 教授、中村智也 同助教、ミンアン・チョン 同助教、シュアイフェン・フ 同博士課程学生、大塚健斗 同修士課程学生、半田岳人 同特定助教、金光義彦 同教授、リチャード・マーディ 同講師、名古屋市立大学大学院の笹森貴裕 教授、および京都大学大学院工学研究科の大北英生 教授らの研究グループは、スズ系ペロブスカイト前駆体溶液中の4価のスズ不純物を系中で取り除く手法を開発しました。これにより、優れた半導体特性を示す、高純度スズ系ペロブスカイト半導体膜の作製法を確立することができました。

 
 
1. 背景
 近年、有機無機ハイブリッドペロブスカイト半導体材料が注目を集めています。本材料は溶液の塗布により作製できるという特徴をもち、太陽電池、発光ダイオード、光デバイスなど様々な応用が期待されています。これまでは、鉛を原料に含む鉛系ペロブスカイト半導体材料が主に研究されてきましたが、鉛が及ぼす環境や人体への影響が危惧されています。そのため、実用化の観点から、鉛を用いない新たなペロブスカイト材料の開発が強く求められています。特に、鉛の代わりにスズを原料に用いたスズ系ペロブスカイト材料は、鉛に匹敵する優れた半導体特性をもつことから、非鉛系ペロブスカイト材料の有力候補として期待を集めています。しかし、材料中の2価のスズイオン(Sn2+)が非常に酸化されやすく、半導体特性を低下させる4価のスズイオン(Sn4+)を生じることが問題となっています。実際、スズ系ペロブスカイト材料を光吸収層に用いた太陽電池の光電変換効率は、鉛を用いたものよりも低く、最大でも10%程度にとどまっていました。これらのペロブスカイト薄膜中にはSn4+が不純物として含まれていることが明らかになっており、4価のスズイオンを完全に含まない、「Sn4+フリー」のスズ系ペロブスカイト薄膜を作製する手法の開発が求められていました。
 
2. 研究手法・成果
 この課題に対し、当研究グループでは、科学技術振興機構(JST)ALCAなどのプロジェクトの支援を受け、材料化学の視点から、用いる材料を徹底的に高純度化するというアプローチで取り組んできました。我々はこれまでに、材料として用いる市販のヨウ化スズ(SnI2)中に4価のスズイオン(Sn4+)が不純物として含まれていることを明らかにし、Sn4+種を完全に取り除いた高純度化前駆体材料を開発しました1)。材料の高純度化と、高品質の半導体膜を作製する独自の成膜手法の開発2)により、スズ系ペロブスカイト太陽電池の変換効率は向上してきました。しかし、このようにして作製したペロブスカイト薄膜中においても、依然Sn4+種が含まれていることがわかりました。
 この原因について、グローブボックス中で材料を保管している間にも、極微量に存在する酸素と反応することによってSn4+種が生じてしまうのではないかと考えました。そこで本研究では、ペロブスカイト膜を作製する「直前に」、高い反応性をもつ0価のスズナノ粒子を系中で発生させて作用させることで、Sn4+種をSn2+に還元することができるものと考えました。
 ペロブスカイト前駆体溶液には、ペロブスカイトを形成する原料であるSnI2の他に、膜の品質を向上させる添加剤として10%のフッ化スズ(SnF2)を加えています。この溶液に対して、高い反応性をもつテトラメチルジヒドロピラジン(TM-DHP)を加えることで、SnF2を選択的に還元し、0価のスズナノ粒子を発生できることがわかりました(図 1)。生じたSn0ナノ粒子がSn4+種を捕捉する「スカベンジャー」としてはたらき、Sn4+不純物を完全に含まない前駆体溶液が得られることがわかりました。
 この前駆体溶液を使ってペロブスカイト膜を作製することによって、膜表面のSn4+種の割合を15.5%から5.3%に大幅に減少させることができました(図 2)。さらに、膜内部ではSn4+種をほとんど含まない(<0.1%)、「Sn4+フリー」のペロブスカイト膜が得られることがわかりました。
 Sn4+フリーのペロブスカイト膜を用いて太陽電池を作製することで、最大で開放電圧が0.76 V、光電変換効率11.5%と高い性能を示す素子を実現することができました(図 3)。封止した太陽電池を用いて、第三者機関での測定にて光電変換効率が11.2%の認証データを得ることにも成功し、高い安定性と信頼性を確認することができました。
 
図1. Sn4+不純物を取り除くスカベンジャー法
 
 
図2. ペロブスカイト膜中に含まれるSn4+種の割合
 
図3. スズ系ペロブスカイト太陽電池の特性
 
3. 波及効果・今後の展望
 2価のスズイオンが容易に酸化され4価のスズイオン種を生じてしまうことは、スズ系ペロブスカイト材料を用いたエレクトロニクスデバイスの性能向上のボトルネックとなっていました。今回開発した「スカベンジャー法」はスズ系ペロブスカイト材料に一般的に用いることができ、太陽電池のみならず、発光ダイオードや光デバイスなど、様々なデバイスの高性能化につながるものと期待できます。今後、本研究成果は、京大発ベンチャー「(株)エネコートテクノロジーズ」にも技術移転し、高性能の鉛フリーペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた開発研究を展開していく予定です。
 

●用語解説●

光電変換効率太陽電池において、素子に照射された太陽光のエネルギーを電力に変換する効率。

 

ナノ粒子:数nm〜数百nm程度の、ナノメートルオーダーの大きさの粒子。通常の固体状態と比べ表面積が著しく大きく、特異な(高い)反応性を示す。

 

株式会社エネコートテクノロジーズ:京都大学化学研究所でのペロブスカイト太陽電池の研究成果をもとに、京都大学発のベンチャーとして、2018年1月に設立。代表取締役 加藤尚哉氏 https://www.enecoat.com/。2019年1月には京都大学イノベーションキャピタル株式会社(京都iCAP)より出資支援。https://www.kyoto-unicap.co.jp/unicap/wp-content/uploads/20190107エネコート.pdf

 

 
参考文献
1) M. Ozaki, Y. Shimakawa, Y. Kanemitsu, A. Saeki, A. Wakamiya, et al., ACS Omega, 2017, 2, 7016.
2) J. Liu, M. Ozaki, Y. Kanemitsu, A. Saeki, R. Murdey, A. Wakamiya, et al., Angew. Chem., Int. Ed., 2018, 57, 13221.
 
4. 研究プロジェクトについて
(1)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)
(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「光マネジメントによるCO2低減技術(実用技術化プロジェクト)」
(プログラムオフィサー:谷口 研二 大阪大学 特任教授)
研究課題名:「環境負荷の少ない高性能ペロブスカイト系太陽電池の開発」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成28年度〜令和2年度
 
(2)革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)拠点
(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「活力ある生涯のためのLast 5Xイノベーション」
(プロジェクトリーダー:野村 剛 パナソニックプ株式会社 客員、リサーチリーダー:小寺秀俊 京都大学 特定教授、理研 理事)
研究課題名:「フィルム型太陽電池」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成25年度〜令和3年度
 
(3)戦略的創造研究推進事業(CREST)
(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」
(研究総括:北山 研一 光産業創生大学院大学 特任教授)
研究課題名:「ハロゲン化金属ペロブスカイトを基盤としたフレキシブルフォトニクス技術開発」
研究代表者:金光 義彦(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成28年度〜令和2年度
 
(4)NEDO
(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
「新エネルギー等のシーズ発掘・事業化に向けた技術研究開発事業」
研究課題名:「低照度向けペロブスカイト太陽電池モジュールの技術開発」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成31年度〜令和2年度
 
(5)京都大学化学研究所 国際共同利用・共同研究拠点
研究課題名:「高性能ペロブスカイト作成を指向した高活性酸化スカベンジャーの開発」
研究者:笹森 貴裕(名古屋市立大学 大学院システム自然科学研究科 教授)
研究期間:平成31年度