レーザー光による固体内電子運動の操作で光の発生制御に成功
―超高速な光制御・スイッチング素子や新しい光源の開発に期待―

本研究成果は、2020年6月17日に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。 

 京都大学化学研究所の廣理英基 准教授、金光義彦 教授、佐成晏之 理学研究科博士課程学生と国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構の乙部智仁 上席研究員らの研究グループは、波長の異なる強い近赤外のレーザー光パルスを半導体材料GaSeに同時に照射すると、可視から紫外光領域にわたって発生する高次高調波光の偏光特性を操作する方法を発見しました。近年、高強度レーザー光の固体への照射により、入力したレーザー光の整数倍の波長を持つ高次高調波が発生することが観測され、新たな光源利用などへの応用が注目されています。これまで2つのレーザー光を照射した時の高次高調波光についての発生機構は不明であり、広範囲な波長変換の手法や偏光方向の制御技術の開発には利用されてきませんでした。本研究において、半導体GaSeに異なる2色のレーザー光を照射すると、発生する高次高調波光の特性が入射する2つのレーザー光の偏光状態と結晶の方位角度に強く依存することを初めて発見しました。さらに高次高調波光の偏光状態はレーザー光の電場で強く駆動される電子の運動に関係づけられることを突き止めました。本研究でレーザーの光電場の周期という極めて短い時間内で固体中の電子運動を操作できることがわかり、高次高調波光の特性を制御する技術だけでなく、レーザー光の電場で制御する次世代の光エレクトロニクスにもつながると期待されます。

 
1. 背景
 近年のレーザー光パルスやテラヘルツ光パルスの高強度化によって、試料を熱的に破壊することなく瞬間的に非常に強い光電場を物質内部に印加できることが可能になりました。強い電場の光と物質との極端な非線形相互作用は、従来の物理学の枠を越えて、新しい融合分野としての強電場光科学を形成しつつあります。これまでにない新しい光学現象のひとつに、固体からの高次高調波光発生があり、入射電場の整数倍の周波数をもつ高次高調波光が発生します。これは、赤外線からX線に至る幅広い波長の光源やアト秒(10-18秒)パルス光源といった新たなフォトニクス技術への応用が期待されています。固体からの高次高調波光発生は、強いレーザー光を照射することによって生成されるキャリア(電子や正孔)が、さらに光電場で加速されて発生する非線形電流が発生起源の1つと考えられています。しかし、これまでの研究では、主に単一のレーザー光パルスが励起光として用いられ、より広範な波長変換技術への発展のためには2つのレーザー光励起による高次高調波光の光波混合の実現、また発生した高次高調波光の特性(強度、偏光)の理解と制御が求められていました。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、高次高調波光の光波混合をはじめて実現しました。近赤外光領域の2色の異なる波長(λ1=2.4μm(125THz)、λ2=1.3μm(230THz))を持つレーザー光パルスを半導体試料であるGaSeに照射しました。約10兆分の1秒ととても短い時間幅の2つのレーザー光パルスが同じタイミングで試料に照射されたとき、2つのレーザー光の各々の波長の整数倍の高次高調波光に加えて、2つの波長の和、および差の波長を持つ様々な次数の高次高調波光が観測されました。また、これらの高次高調波光の強度は結晶角度に依存し、レーザー光の強度を高くすると低い強度では観測されない結晶の角度依存性が出現することがわかり、従来の非線形光学では理解できないことを示しました。単一のレーザー光λ1による励起では、高次高調波光の偏光方向はそれとほとんど同じになります。しかし、強いレーザー光λ1よりも100倍程度弱いもう1つのレーザー光λ2を同時に照射すると、レーザー光λ1励起だけの場合に比べて、90度回転したレーザー光λ2の方向に100倍程度増強された高次高調波光が発生することを発見しました。また、これらの異常な高次高調波光の角度依存性や偏光回転は、GaSeの結晶の電子状態を近似的に取り込んだ2次元的な電子運動のモデル計算によって再現できました。これらの結果は、2色のレーザー光の電場で電子運動を2次元的に操作でき、高次高調波光の偏光を大きくする方法を示した世界初の研究成果です。
 
図. 今回発見した、2色のレーザー光を半導体GaSeに照射して、強いレーザー光λ1と90度回転した高次高調波光が発生する様子の模式図。
 
3. 波及効果、今後の予定
 今回の研究では、レーザーの光電場により固体中の電子の運動を操作することにより、高次高調波光の特性を制御できることを実証しました。本研究成果は高調波発生メカニズムの理解の深化をもたらし、また非常に幅広い波長範囲で発生する高次高調波光の特性を制御する新しい光技術をもたらすものです。今後、特異なトポロジーの電子構造を持つ物質へと研究を発展させることにより、全く新しい光の特性制御方法への展開、さらに従来のエレクトロニクス技術のスピードを遥かに凌駕する光の周波数で動作する光エレクトロニクス技術開発への貢献も期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、下記の助成⾦の⽀援を受けて⾏われました。
 ● JSPS 科研費・特別推進研究(19H05465)
 

●用語解説●

高次高調波光:レーザー光を物質に照射したときに、入射したレーザー波長の整数倍の波長を持って発生する光のことを高次高調波光と呼ぶ。原子や分子などの気体からの高次高調波発生が精力的に研究されてきて、最近では固体からの高次高調波発生が観測され、新たな研究領域として発展している。

 

偏光方向:可視光を含めてあらゆる電磁波は電場と磁場が振動する波であり、電場の振動する方向を偏光方向としている。

 

テラヘルツ光:テラヘルツ(電磁波)とは光波と電波の中間の周波数帯に位置する電磁波のこと。著者の研究グループは、世界最高強度のテラヘルツパルス光源の開発にも成功している。

 

光波混合:波長が異なる2種類以上の光を同時に物質に照射したときに、入射した波長の和や差の整数倍に相当する波長の光が発生する現象。

 

非線形光学:入射するレーザー光の強度に対して、物質が非線形な応答を示すことにより引き起こされる多彩な光学現象を扱う学問。これらの現象は物質の結晶の対称性と密接に関係するが、従来は電子の波数が小さい領域の電子の運動だけが考慮され、電子構造の非調和性が顕著になる大きな波数領域での運動は取り扱われてこなかった。