フェリ磁性体アモルファス合金のジャロシンスキー守谷相互作用の観測に成功
―元素組成の連続的変化が空間反転対称性の破れを引き起こす―

本研究成果は、2019年5月28日に国際学術誌「Nature Materials」にオンライン公開されました。 

 京都大学化学研究所のDuck-Ho Kim研究員、治田充貴助教、西村幸恵博士課程学生、奥野尭也博士課程学生、平田雄翔博士課程学生、Wooseung Ham元博士課程学生(現サムソンエレクトロニクス)、Sanghoon Kim元研究員(現ウルサン大学助教)、森山貴広准教授、塩田陽一助教、倉田博基教授、小野輝男教授らの研究グループは、日本大学の塚本新教授、高麗大学校のKyung-Jin Lee教授、ソウル大学校のSug-Bong Choe教授らと共同で、フェリ磁性ガドリニウム・鉄・コバルト(GdFeCo)アモルファス合金中にジャロシンスキー守谷相互作用(DMI)が存在することを見いだし、その発現メカニズムを解明しました。

 
概要
 磁気スキルミオンを安定化させるDMI発現には空間反転対称性の破れが必要です。そのため、DMI研究は主に反転対称性のない強磁性金属/重金属界面を利用して行われてきました。アモルファス合金中では、元素の位置はランダムであり、空間反転対称性の破れによる効果は期待できません。したがって、アモルファス合金中ではDMIは存在しないと予想されます。本研究で見いだされたフェリ磁性体GdFeCoアモルファス合金中のDMIは、この直感に反するものです。本研究では、元素組成の連続的変化が空間反転対称性の破れを引き起こし、アモルファス合金中にDMIが発現させることを明らかにしました。本成果は、新たなDMI材料探索の方向を示しており、今後の高性能材料の開拓が期待されます。 
 
背景
  空間反転対称性の破れは物理学の多くの分野において一般的な基本概念です。磁性材料においては、空間反転対称性の破れがジャロシンスキー守谷相互作用(DMI : Dzyaloshinskii–Moriya interaction)を発現させ、スピントロニクスデバイスへの応用の可能性がある魅力的な物理的挙動をもたらします。近年、ホモキラル磁壁(図1a)や磁気スキルミオン(図2b)のようなキラル(対掌的)なスピン構造を安定化させるDMIは盛んに研究されています。これまでの研究では、強磁性金属/重金属二層膜系においてDMIの研究がなされており、この系では界面の存在によって構造的に空間反転対称性が破れています。強磁性材料のDMIは広く研究されてきましたが、フェリ磁性材料のDMIはほとんど研究されてきませんでした。そもそも、アモルファス合金では優先配向がないためにDMIのような空間反転対称性の破れに由来する効果が消失すると予想されます。
図1. (a) ホモキラル磁壁。 (b) 磁気スキルミオン。
 
研究手法・成果
 本研究では、垂直磁気異方性を示すフェリ磁性ガドリニウム・鉄・コバルト(GdFeCo)アモルファス合金薄膜(図2a)を用いました。GdとFeCoの磁化は反平行に結合しています。シリコン基板上に作製したGdFeCoアモルファス合金薄膜のDMI測定結果が図2bです。DMI定数Dとフェリ磁性層の膜厚tの間に線形関係があることを見出しました。これはGdFeCoアモルファス合金薄膜全体にDMIが存在していることを示しています。空間反転対称性の破れが期待されないアモルファス合金におけるDMI発現メカニズムを探るために、走査透過型電子顕微鏡(STEM)と電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いて試料の構造を詳細に検討しました。その結果、GdとFeの組成比(Gd/Fe)が厚さ方向に沿って徐々に大きくなることが明らかになりました。この元素組成の非対称な分布が反転対称性の破れの原因であると考えられます。
 
図2.(a) フェリ磁性体GdFeCoアモルファス合金薄膜の概略図。 (b) DMI定数Dのフェリ磁性層膜厚t依存性。膜厚tの増加に伴ってDが増加している。 (c) GdとFeの組成比(Gd/Fe)の厚さ依存性
 
波及効果、今後の予定
 本研究では、元素組成の連続的変化が空間反転対称性の破れを引き起こし、アモルファス合金中にDMIが発現することを明らかにしました。これまで、DMI研究は主に強磁性金属/重金属界面を利用して行われてきました。この場合、DMIは界面のみに存在するため、強磁性金属が厚くなると、その効果は相対的に小さくなってしまいます。一方、今回報告したアモルファス合金中のDMIは薄膜全体に存在します。本成果は、新たなDMI材料探索の方向を示しており、今後の高性能磁性材料の開拓が期待されます。
 

●用語解説●

空間反転対称性の破れ:物質Aと物質Bで出来た2層膜A/Bにおいて、AとBを空間的に入れ替えるとB/AとなりもとのA/Bとは対称性が異なる。このような構造を反転対称性が破れているという。

 
本研究の一部は、科研研究費補助金「特別推進研究」、「新学術領域研究:ナノスピン変換科学」、スピントロニクス学術研究基盤連携ネットワークの助成を受けて行われました。