膜安定性の高い塗布型有機半導体材料の開発
―ペロブスカイト太陽電池の光電変換効率と耐熱性の向上に成功―

本成果は、2019512日に国際学術雑誌「Chemistry–A European Journal」にオンライン公開されました。
 京都大学化学研究所の若宮淳志教授、ミンアン・チョン同研究員、中村智也同助教、リチャード・マーデイ同助教、Jaehyun Lee同研究員、Mina Jung同研究員、尾﨑雅司(博士課程学生)、嶋﨑愛同研究員、塩谷暢貴同助教、長谷川健同教授、村田靖次郎同教授、およびスイス連邦工科大学ローザンヌ校のマイケル・グレッツェル教授らの研究グループは、独自に設計した一連のp型有機半導体材料を開発しその構造―物性相関を詳細に検討しました。これらを正孔輸送性材料として用いることでペロブスカイト太陽電池の光電変換効率と耐熱性を向上させることに成功しました。
 
背景
 ペロブスカイト太陽電池は「印刷技術」で作製することができ、従来の太陽電池に比べて製造コストを大幅に下げることが可能であるため、急速に注目を集めています。現在では、商用のシリコン系太陽電池に匹敵する20%を超える光電変換効率を達成しています。
 ペロブスカイト太陽電池の高性能化には、光吸収材料であるペロブスカイト層の開発および作製法の改良に加えて、そこで光吸収により生成する電荷を効率的に取り出す優れた半導体材料の開発も重要となっています。
 
研究手法と成果
 当研究グループでは、優れた正孔輸送性材料の開発に向けて、独自のp型有機半導体材料の設計および開発を取り組んでいます。
 これまでに開発した準平面型の酸素架橋トリフェニルアミン骨格1)–5)を、アズレン骨格に4つ導入したp型有機半導体材料HND-Azulene2)の置換基効果について、長谷川教授らが開発したpMAIRS法6),7)などを用いて詳細に検討しました。
 まず、異なる長さのアルキル基(メチル基、ブチル基、ヘキシル基、2-エチルヘキシル基、およびオクチル基)をそれぞれ導入したアズレン誘導体を高収率かつグラム単位で合成しました。得られた一連の化合物に対して、理論計算による解析と基礎物性および薄膜での特性を検討しました。その結果、これらの化合物は、1)アルキル鎖を短くしても、塗布での成膜過程に求められる濃度の良好な溶解性をもつこと、2)アズレン骨格と準平面型トリフェニルアミン骨格の間の結合の周りの回転障壁が小さいため、固体状態ではいくつかの異性体として存在し、これにより高いアモルファス膜安定性をもつこと、3)アルキル鎖が短くなるにつれて、融点が高くなりアモルファス膜の安定性が向上するとともに、正孔移動度も向上することが明らかになりました。実際に、これらの材料を正孔輸送性材料として用いたペロブスカイト太陽電池を作製したところ、いずれも高い光電変換効率が得られ、特にブチル基をもつ誘導体では最大で18.9%と最も高い光電変換効率を示すことが明らかになりました(下図参考)。さらに、メチル基やブチル基などの短いアルキル基をもつ化合物では、そのアモルファス膜安定性の向上により、ペロブスカイト太陽電池の耐熱性も顕著に向上することを見出しました。
 
 
波及効果
 本研究により明らかにしたHND-Azulene誘導体の構造―物性相関は、高いアモルファス膜安定性と正孔輸送特性をあわせもつp型有機半導体材料の新たな分子設計指針に重要な知見を与えるものであります。今後、これに基づいてさらに熱安定性に優れた有機半導体材料の開発を進めることで、高い光電変換特性と耐久性をもつペロブスカイト太陽電池の開発が可能になり、その実用化8)が加速されるものと期待されます。
 

●用語解説●

p型有機半導体:正の電荷(正孔)を輸送する有機半導体。

 

ペロブスカイト太陽電池:ペロブスカイト半導体材料を光吸収層に用いた太陽電池。

 

pMAIRS法:多変量解析を計測理論の原理に用いた分光法で、赤外や可視吸収分光法と組み合わせることで薄膜面内および面外の吸収スペクトルを、同一の試料から得ることができる。得られたスペクトルの強度比から、薄膜中での分子配向を定量的に解析できる。

 

回転障壁:結合軸の周りに回転させるための必要最低限のエネルギー。

 
参考文献等
1) A. Wakamiya, H. Nishimura, T. Fukushima, F. Suzuki, A. Saeki, S. Seki, I. Osaka, T. Sasamori, M. Murata, Y. Murata, H. Kaji, Angew. Chem. Int. Ed., 2014, 53, 5800-5804.
2) H. Nishimura, N. Ishida, A. Shimazaki, A. Wakamiya, A. Saeki, L. T. Scott, Y. Murata, J. Am. Chem. Soc., 2015, 137, 15656-15659.
3) H. Nishimura, T. Fukushima, A. Wakamiya, Y. Murata, H. Kaji, Bull. Chem. Soc. Jpn., 2016, 89, 726-732. (Selected Paper, Inside Cover).
4) H. Nishimura, Y. Hasegawa, A. Wakamiya, Y. Murata, Chem. Lett., 2017, 46, 817-820. (Editor’s Choice)
5) H. Nishimura, K. Tanaka, Y. Morisaki, Y. Chujo, A. Wakamiya, Y. Murta, J. Org. Chem., 2017, 82, 5242-5249.
6) T. Hasegawa, Anal. Chem., 2007, 79, 4385-4389.
7) N. Shioya, S. Norimoto, N. Izumi, M. Handa, T. Shimoaka, T. Hasegawa, Appl. Spectrosc., 2017, 71, 901-910.
8) ペロブスカイト太陽電池の実用化にむけて、京都大学インキュベーションプログラムの支援を受け、2018年1月に、京大発ベンチャーとして「株式会社エネコートテクノロジーズ」を設立しました。京都大学イノベーションキャピタル株式会社(京都iCAP)からの出資支援を受け、本太陽電池の実用化に取り組んでいます。https://www.enecoat.com/

 

 本論文はChemistry – A European Journal」誌(Volume 25, Issue 27, 2019)の「Inside Cover」に選ばれました。