フェリ磁性体におけるエネルギー散逸機構の解明

本研究成果は、2019年3月28日(現地時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」にオンライン公開されました。 

 京都大学化学研究所のDuck-Ho Kim研究員、奥野尭也博士課程学生、西村幸恵博士課程学生、平田雄翔博士課程学生、森山貴広准教授、塩田陽一助教、小野輝男教授らの研究グループは、カルフォルニア大学のYaroslav Tserkovnyak教授、高麗大学校のKyung-Jin Lee教授、日本大学の塚本新教授らの研究グループと共同で、フェリ磁性体におけるエネルギー散逸機構を明らかにしました。

 
概要
  自転車で坂道を下るときにはスピードが出すぎないようにブレーキが必要です。自転車の運動エネルギーをブレーキの摩擦として散逸させることでスピードを制御するわけです。平地を進むときに自転車のタイヤがパンクしていればとても疲れます。これは自転車を漕いで与えたエネルギーが地面との摩擦で奪われてしまうからです。磁性体においてもエネルギーの散逸機構を明らかにし制御することは、高効率な磁気デバイスを実現するために重要です。
 フェリ磁性体は、逆を向く二種類の磁化を持つため、全体の角運動量がゼロとなる角運動量補償温度を有します(図1)。これまで、角運動量がゼロとなる角運動量補償温度では、フェリ磁性体のエネルギー散逸が無限大になると信じられてきました。今回本研究チームは、フェリ磁性体GdFeCoにおける磁壁移動に着目しました。自転車のスピードが漕ぐ力と摩擦のバランスで決まるように、磁壁の移動速度は外部磁場の大きさとエネルギー散逸(摩擦)によって決まります。したがって、磁壁移動速度の外部磁場依存性からエネルギー散逸に関する情報を得ることができます。本研究の結果、フェリ磁性体中でのエネルギー散逸の大きさは、角運動量補償温度とは関係なく一定であり、これまで磁気デバイスに利用されてきた鉄やコバルトなどの強磁性体と同程度であることが明らかとなりました(図2)。現在、フェリ磁性体は超高速磁気デバイス実現のための次世代材料として注目されており、今回の成果は次世代磁気デバイスの材料開発とデバイス設計につながるものであると期待されます。  
 
図1:フェリ磁性体GdFeCoの磁壁移動実験概念図。拡大部分は磁化補償温度上下における磁気モーメントの方向。
 
図2:フェリ磁性体GdFeCoのエネルギー散逸定数(α)の温度依存性。ΔTは角運動量補償温度からの温度差。
 

●用語解説●

フェリ磁性体:フェリ磁性体とは、結晶中に逆方向の磁気モーメントを持つ2種類の磁性原子が存在し、互いの磁気モーメントの大きさが異なるために全体として磁化を持つ物質のことである。

 

角運動量補償温度:フェリ磁性体中では、大きさの異なる磁気モーメントが反対方向を向いて整列している。本研究で用いたフェリ磁性体GdFeCoにおいては、温度変化に応じてGd及びFe、Coの磁化が持つ角運動量の大きさが変化する。このため、Gd磁化の角運動量とFe、Co磁化の角運動量の大きさが等しくなると、全体としての角運動量の和がゼロになる。この温度を角運動量補償温度と呼ぶ。