フェリ磁性体においてスキルミオンホール効果消失を実証
―スキルミオンを利用した高密度磁気メモリの実現へ道筋―

本研究成果は、2019年1月21日(現地時間)に英国科学誌「Nature Nanotechnology」にオンライン公開されました。
 京都大学化学研究所の小野輝男教授の研究グループは、カルフォルニア大学のYaroslav Tserkovnyak教授、高麗大学校のKyung-Jin Lee教授、ソウル大学校のSug-Bong Choe教授、日本大学の塚本新教授らの研究グループと共同で、スキルミオンホール効果がフェリ磁性体の角運動量補償温度において消失することを実証しました。本成果は、スキルミオンを利用した超高密度な磁気記録素子や論理回路の実現へ向けた道筋となることが期待されます。
 
概要
  1960年代に素粒子物理学の分野で導入されたスキルミオンと呼ばれる準粒子が、近年、磁性体中で観測され、注目を集めています。このスキルミオンは、図(a)に示すように磁気モーメントが捻じれてあたかも一つの渦のようになった構造を持ち、全体で一つの粒子のように振る舞います。このスキルミオンを用いた磁気記録素子や論理回路などが考案され、超高密度、低消費電力の磁気デバイスとして注目を集めています。しかしながら、強磁性体中のスキルミオンはスピントルク効果で駆動される際に、軌道が電流印加方向と垂直な方向に曲げられることが知られています(スキルミオンホール効果)。この効果は、スキルミオンを利用した磁気デバイスの実現に向けた大きな障害となっていました。
 本研究では、フェリ磁性合金ガドリニウム・鉄・コバルト(GdFeCo)層にスピントルク効果によりスキルミオンを駆動するためのプラチナ(Pt)層を接合した薄膜を用い、図(b)のように、この薄膜に生成した円形磁区が電流によって拡大する様子を、磁気光学カー顕微鏡を用いて観察しました。その結果、図(c)のように、円形磁区が電流印加方向に対して斜めに拡大していく様子が観測されました。さらに、電流印加方向とスキルミオンの進行方向のなす角(スキルミオンホール角)θの温度依存性を調査したところ、これが角運動量補償温度において0になり、角運動量補償温度を境にその符号が反転することが明らかになりました(図(d))。これらの観測結果によって、スキルミオンホール角がトポロジカル数だけでなく磁化が持つ角運動量にも依存すること、さらに角運動量補償温度においてスキルミオンホール効果が消失することが実証されました。この成果はスキルミオンを用いた次世代の磁気デバイスの開発につながるものであると期待されます。
 
(a) 角運動量補償点近傍におけるスキルミオン電流駆動の概略図。(b) 磁気光学カー顕微鏡を用いた、スキルミオンホール角測定の概略図。パルス電流印加前後における磁区構造の変化を、磁気光学カー顕微鏡を用いて観察することにより、スキルミオンホール角を測定した。(c) 電流印加による磁区拡大の様子。上向き磁区(白)と下向き磁区(黒)で拡大方向が異なる。(d) 各温度における磁区拡大方向の様子。角運動量補償温度近傍(~283 K)を境に、磁区の拡大方向が変化する様子が確認された。
 

●用語解説●

スキルミオンホール効果:スキルミオンは電流によって駆動される際、あたかも磁場中を進行する荷電粒子の軌道がホール効果によって曲げられるように、そのトポロジカル数Qに応じて軌道が電流印加方向と垂直な方向に曲げられることが知られている。これをスキルミオンホール効果と呼ぶ。

 

角運動量補償温度:フェリ磁性体中では、大きさの異なる磁気モーメントが反対方向を向いて整列している。本研究で用いたフェリ磁性体GdFeCoにおいては、温度変化に応じてGd及びFe、Coの磁化が持つ角運動量の大きさが変化する。このため、Gd磁化の角運動量とFe、Co磁化の角運動量の大きさが等しくなると、全体としての角運動量の和がゼロになる。この温度を角運動量補償温度と呼ぶ。

 

スピントルク効果:伝導電子が持つスピン角運動量が磁気モーメントに直接作用することによって生じる、磁気モーメントを回転させる力(トルク)のこと。