「重いフェニルアニオン」の錯体ビルディングブロックとしての活用

藤森詩織氏(大学院生)、水畑吉行准教授、時任宣博教授

(物質創製化学研究系 有機元素化学研究領域)

 

藤森詩織氏(大学院生)、水畑吉行准教授、時任宣博教授(写真左より)

本成果は、2018年5月11日に英国化学会誌Chemical Communications誌にオンライン公開され、58号(7月25日発行)のBack Coverに選出されました。 
 京都大学化学研究所の藤森詩織氏(大学院生)、水畑吉行准教授、時任宣博教授らのグループは、重いフェニルアニオンを配位子として用いることにより、炭素の系ではみられない新たな配位形式を有するルテニウム錯体を合成・単離することに成功しました。
 
概要
 フェニルリチウムやフェニルマグネシウムブロミド(グリニャール試薬)に代表されるアリールアニオンは、置換反応や金属交換反応のための有機金属試薬として有機合成化学において広く利用されています。中でも、合成容易な試薬であるフェニルアニオン(C6H5)は、置換反応や付加反応によるフェニル基の導入が可能であり、また、遷移金属錯体に対してもアニオン炭素が金属に対してσ配位(η1配位)した錯体が得られることが知られています。これまでに我々の研究室では、このフェニルアニオンのアニオン炭素を同族の「重い」元素であるゲルマニウムに置き換えたゲルマベンゼニルアニオンを合成・単離することに成功し、実験・理論の両面からその性質を明らかにしてきました。今回、ゲルマベンゼニルアニオンの配位子としての機能発現を期待し、遷移金属錯体との反応を検討しました。その結果、炭素の系ではみられないσ配位およびπ配位の両方の配位形式を有する錯体を合成することに成功しました。また、これらの化合物は初めての金属置換の「重いベンゼン」としてみなせる興味深い化合物となっています。
 本研究では、ゲルマベンゼニルアニオンとルテニウム錯体との反応により、[Cp*Ru{GeC5(t-Bu)H4}]ユニットの二量体および三量体である錯体12が得られました。実験・理論の両面からこれらの性質を検証したところ、錯体1は、二つのゲルマニウム元素間に結合を有し、かつGeC5環がルテニウムに対しη1,η3配位した特異な配位形式を有することが分かりました。また、錯体2では、2つのGeC5環はπおよびσの両方の配位子として錯体を形成しているのに対し、残り1つの環はπ配位をせず単純なσ配位子としてルテニウムに結合していました。特に後者の構造は、金属原子が置換した「重いベンゼン」とみなすことができ、これまでに例のないものです。

 これらの錯体の形成により、ゲルマベンゼニルアニオンはゲルマベンゼン骨格を他の分子へ導入するビルディングブロックとして利用可能であることが明らかとなりました。本研究成果は、ゲルマベンゼン環を組み込んだ新たな機能性分子の設計・開発に寄与するものと期待されます。
 

●用語解説●

σ配位:配位軸方向を向いた原子軌道同士による配位。

 

π配位π軌道による配位。アルケン(CH2=CH2, CH2=CHMeなど)、アルキン(CH≡CHなど)、ベンゼン(C6H6)など分子内に多重結合を有する分子がπ配位を取り得る。

 

重いベンゼン:ベンゼン環上の炭素原子を炭素と同じ14族の高周期元素すなわち「重い元素」(ケイ素・ゲルマニウム・スズ・鉛)に置き換えた化合物。