多階層計算による非晶有機薄膜中での電荷輸送解析
~非晶薄膜における低い電荷移動度の起源を解明、構造の乱れは電荷移動度を低下させない~

本成果は、2018年3月26日(月)に国際学術雑誌「Scientific Reports」にオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所 梶弘典教授、鈴木不律氏(今年度、博士(工学)の学位取得)、久保勝誠氏(博士課程大学院生)、福島達也助教(当時)のグループは、マルチスケールシミュレーションにより、有機「非晶」薄膜と有機「結晶」薄膜での電荷輸送挙動を分子レベルで明らかにし、非晶膜における構造の乱れは電荷移動度に影響せず、エネルギー準位の乱れが電荷移動度を低減させることを明らかにしました。
 

概要

 従来、絶縁体と考えられてきた有機物に電流が流れることがすでに明らかになっていますが、その分子レベルでの詳細はいまだ明確にされていません。有機ELは、有機物に電流を流し、光に変換する素子であるため、高い電荷移動度を有する(すなわち、よく電気を流す)有機薄膜を用いれば、その特性を向上させるとともに、省エネルギー化に大きく寄与できます。一般に、結晶薄膜における移動度は非晶薄膜の移動度よりも高いため、結晶薄膜を用いることにメリットがありそうですが、高品質の有機結晶薄膜の作製は難しく、そのため有機非晶薄膜が用いられています。
 今回、有機「非晶」薄膜と有機「結晶」薄膜における電荷輸送の比較を、量子化学計算、分子動力学(Molecular Dynamics, MD)計算、動的モンテカルロ(kinetic Monte Carlo, kMC)計算を併用した多階層計算により行いました。計算前には、非晶凝集体における分子内、また、分子間の構造の乱れ(分布)が、非晶膜における低電荷移動度の起源と予想していましたが、予想に反し、これらの構造の乱れの有無にかかわらず、電荷移動度は大きく変化しませんでした。一方、非晶凝集体における各分子のエネルギー準位の乱れにより、電荷移動度は大きく低下しました。
 今回の研究から、「結晶」薄膜中における電荷移動度と比べ、「非晶」薄膜中での電荷移動度が低い原因は、構造の乱れではなく、エネルギー準位の乱れに因ることが明らかとなりました。以上の知見は、今後、高い電荷移動度を有する非晶薄膜の設計に寄与することが期待されます。我々は、このような知の基盤強化により、超スマート社会の実現に大きく寄与することを目指しています。

 
 
図1:(a) 有機結晶・非晶凝集構造と、これらの凝集体に対する (b) 分子間の電子カップリングの分布(構造的な乱れを反映している)、および、(c) 各分子のエネルギー準位の分布。結晶構造に比べて、非晶構造では多様な分子内・分子間構造が存在するため、構造的にもエネルギー的にも乱れ(分布)が生じる。 (d)マルチスケールシミュレーションによる電荷移動度 μ の電界強度 F 依存性。各分子のエネルギー準位の分布を考慮しない場合、結晶構造(図中、△□▽)と非晶構造(同、△□▽)では、電荷移動度は大きく変わらない。一方、各分子のエネルギー準位の分布を考慮した場合、結晶構造(▲■▼)に比べて非晶構造(▲■▼)の電荷移動度は大きく低下する。電荷として、ここでは電子の例を取り上げている。
 
 

●用語解説●

有機EL: 電界を印加することよる発光をエレクトロルミネッセンス(EL)という。特に、有機物質が発光する場合、有機ELと呼ぶ。

 

モンテカルロ法: 数値計算において、乱数を用いた試行により問題の近似解を求める手法。試行回数が増えるほどその近似度は高まる。モンテカルロ法の中で、ある過程の時間発展を計算するために用いられる手法を動的モンテカルロ法という。

 

電子カップリング(トランスファー積分): 二分子間でどれだけ効率的に電荷をやりとりできるかの指標。電子カップリングの大きさは、分子のフロンティア軌道がどれだけ空間的に広がっているか、二分子がどれだけ近接しているか、および、どのような分子間配向相関を持つかで決まる。フロンティア軌道のオーバーラップ(重なり)が大きいほど、電荷の受け渡しが容易となる。この分布は、構造的な乱れを反映している。

 

多階層計算(マルチスケールシミュレーション): 異なる時空間スケール(ナノメートルからマイクロメートル,ピコ秒からミリ秒など)にまたがる現象・問題を対象とした計算。ここでは、量子化学計算、MD計算、kMC計算を併用することにより、異なる空間スケールでの計算を行っている。