脂質パッキングのゆるみが膜透過ペプチドの細胞内移行を促進する

本成果は、2017年6月9日に国際学術雑誌Angewandte Chemie International Edition誌にオンライン公開され、Hot Paper(編集委員が特に重要性を認めた論文)に選ばれました。また、国際化学ニュースサイトChemistry Viewsにて紹介されました。

 京都大学化学研究所 村山知氏(平成29年3月 博士後期課程修了)、益田俊博氏(大学院生)、河野健一 助教、二木史朗 教授らのグループは、脂質パッキングのゆるみが膜透過ペプチドの細胞内移行を促進することを明らかにしました。

 

概要

 HIV-1 TATペプチドやオリゴアルギニンなどのアルギニンに富む塩基性ペプチドが効率的に細胞膜を透過することや、これらのペプチドとのコンジュゲーションによりタンパク質やペプチドをはじめとする様々な分子が細胞内に送達され、生理活性を発揮することが知られています。これらのペプチドはcell-penetrating peptides (CPPs)とも総称され、細胞生物学・ケミカルバイオロジー的な研究ツールとして、あるいは医薬品の送達法として興味が持たれています。一方、細胞膜は水に溶けにくい脂質の二重層からなっており、親水性の高い物質の透過を遮る性質を持っています。このため、親水性の塩基性ペプチドが、どのようにして細胞膜を通過し、細胞内に様々な分子を運び込めるのかに関しても、大きな興味が持たれています。
 私達の研究グループでは以前にEpN18という膜曲率(膜の湾曲状態)誘導能をもつペプチド存在下にオリゴアルギニンの膜透過が亢進されることを報告しています。生体膜にはリン脂質のパッキングの隙間(packing defect) が存在すると考えられており、膜に曲率が誘導されると、このパッキングの隙間は増加・増大すると考えられます(図A)。アルギニンは一般に塩基性で親水性の高いアミノ酸と認識されています。確かに、そのグアニジノ基は親水性が高いですが、主鎖部分と主鎖につながる側鎖のメチレン鎖の部分は決して親水性が高いとは言えません(図B)。オリゴアルギニンが膜を透過しようとする際には、ペプチド主鎖が膜を透過しなければいけません。脂質のパッキングが緩めばこの間隙も増加します。このことによって、ペプチド主鎖と膜深部との相互作用も容易になり、膜透過も促進されるのではないかと私達は考えました。
 環境感受性色素di-4-ANEPPDHQを用いて細胞膜の脂質パッキング状態を観察すると、EpN18存在下にパッキングが緩むことが分かりました。疎水性対イオンであるPyrenebutyrate (PyB)で細胞を処理すると、オリゴアルギニンの膜透過が大きく亢進することが知られていましたが、PyBには膜曲率誘導能や膜のパッキングを緩める効果があることも分かりました。これらにより、オリゴアルギニンの膜透過における脂質パッキング状態の重要性、あるいはその膜曲率との関連等に関して世界に先駆けて指摘することが出来ました。

 
 

●用語解説●

EpN18: 細胞膜を凸型に曲げる働きを有するタンパク質エプシンのN末端18アミノ酸由来のペプチド。

 

Pyrenebutyrate: 細胞膜に移行し、そのカルボキシ基を介したオリゴアルギニンのグアニジノ基との相互作用(水素結合の形成・グアニジンの正電荷の中和)により、オリゴアルギニンの膜透過を助けると想定されている。

 

  
 
本研究は、新学術研究領域「動的秩序と機能」の支援によって行われました。