アモルファス酸化物を用いたモノリス型蛍光体薄膜の開発

正井 博和助教ら
(材料機能化学研究系 無機フォトニクス材料研究領域)

 

 

左から正井博和助教、山田泰裕特定准教授

 
この研究成果は、2015年6月10日に英国ネイチャー出版グループのオンライン科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
 
 材料機能化学研究系 無機フォトニクス材料研究領域の正井博和助教、宮田大輝さん(2014年3月修士課程修了)、奥村駿 さん(2015年3月修士課程修了)、ナノ界面光機能寄附研究部門の山田泰裕准教授(現千葉大准教授)、元素科学国際研究センター 光ナノ量子元素科学研究領域の金光義彦教授、奈良先端科学技術大学院大学の柳田健之教授らの研究グループは、アモルファス酸化物を用いた新しいモノリス型蛍光体薄膜の開発に成功しました。
 
 発光中心を含有する蛍光体は、産業界のみならず科学技術分野においても非常に重要な役割を果たしており、現在も世界中で新しい蛍光体開発に関する研究が盛んに行われています。当グループにおいては、2価スズカチオン(Sn2+)などの発光中心を含有した酸化物ガラスにおける発光特性に関する研究を近年行っており、結晶蛍光体に匹敵する高い内部量子効率を報告してきました。ランダム構造を有する透明な酸化物ガラスは、従来の粉末結晶を用いた結晶蛍光体と比較して、成型加工が容易でありデバイス化の際に有機バインダが不要、高い耐光性と透明性を生かした光学デバイスへの応用が可能などの利点がありました。本研究では、これまでのバルク型ガラス蛍光体の知見を活かして、大面積の部材にも展開可能な薄膜型アモルファス蛍光体の開発を目指しました。ただし、その際には、(1)アモルファスの酸化物膜が広い範囲で透明性を有している、および、(2)光の変換に必要な数ミクロンの膜厚を、添加物を加えることなく可能な限り最小工程で作製可能である、という条件を満たす必要がありました。
 本研究グループは、原料を加熱して得られる前駆体融液を用いてガラス基板上にコートを行い、数百度程度の比較的低温で熱処理することにより、マイクロメートルオーダーの透明な膜を得ることに成功しました。得られた膜は、有機溶媒や増粘剤などを用いていないため、可視~近紫外領域において高い透明性を示しました。研究グループは、SPring-8におけるXAFS測定によりSn2+が膜中に分散していることを確かめ、その発光ダイナミクスを評価しました。Sn2+をドープして作製した透明な膜は、バルクのガラス蛍光体と同様、紫外光を照射することにより明瞭な発光を示しました(図1左上)。また、Sn2+と2価のマンガンカチオン(Mn2+)を共ドープすることにより、その発光色の制御が可能になることを実証しました(図1右下)。これは、従来報告された結晶蛍光体、およびバルクのガラス蛍光体などと同様に、Sn2+の励起エネルギーの一部がMn2+に移動するエネルギー移動過程を利用したものです。このようなアモルファス薄膜におけるエネルギー移動の実証は、蛍光体材料として実際の応用展開を広げるものであるといえます。また、得られたアモルファス薄膜は70%程度の内部量子効率を示したことから、今後、最適化をおこなうことにより、実用化に十分な高い発光効率を実現可能であると考えられます。このように、発光を呈する透明なアモルファス薄膜は、新しい透明発光材料として高いポテンシャルを秘めているといえますが、今後、更に研究を進めて、その構造・物性に関する知見を深めることが、実際の応用に際しては必要不可欠であると考えられます。
 本研究は、平成24年度「化研らしい融合的・開拓的研究」、および「化学研究所共同利用・共同研究拠点研究」の研究を基に展開されたものであり、化学研究所ならではの研究成果のひとつといえます。
 

図1 スズをドープしたアモルファス酸化物蛍光体薄膜(左上)、および、
スズとマンガンを共ドープしたアモルファス酸化物蛍光体薄膜(右下)
 

●用語解説●

 

2価スズカチオン(Sn2+): スズにおける準安定な原子価であり、少量の場合は非希土類元素の発光中心としても働く。蛍光体分野においては、基底状態における電子配置が5s2配置をとるため、ns2型発光中心として分類される。

 

エネルギー移動: Mn2+カチオンは、紫外線では直接励起されにくいため、励起されたSn2+カチオンからのエネルギーを受け取ることにより励起される。Mn2+濃度を調整することにより青~白~赤までの発光を連続的に変化させることができる。

 
本研究は、(公財)矢崎科学技術振興記念財団奨励研究助成、平成24年度「化研らしい融合的・開拓的研究」の研究課題「ns2型発光中心を含有する新規酸化物ガラス蛍光体における発光機構の解明」、化学研究所共同利用・共同研究拠点研究「#2013-62、#2014-31」、旭硝子財団研究助成、京都大学SPIRITSプログラム、科研費若手研究(A) No. 26709048の援助を受けて行われました。