放射光施設SPring-8で鉄触媒の作用を直接観察

中村 正治教授、高谷 光准教授ら
(元素科学国際研究センター 典型元素機能化学研究領域)

 

 

後列左から中村教授、磯崎助教、岩本特定助教、仲嶋さん、吉田さん、
前列左からADAK研究員、高谷准教授

 
この研究成果は、2015年3月15日に日本化学会欧文誌Bulletin of the Chemical Society of Japanのオンライン版に発表され、BCSJ賞に選出されました。
 
 典型元素機能化学研究領域の高谷光准教授、中村正治教授らは、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)において、大型放射光施設SPring-8を利用して鉄触媒を用いるクロスカップリング反応の様子を反応溶液中で直接観察することに成功し、これまで45年間反応機構が未解明であった鉄クロスカップリング反応について、直接証拠に基づいた新しい機構の提唱を行いました。なお本研究は、九州大学の永島英夫教授、砂田裕輔助教、SPring-8の本間徹生博士、高垣昌史博士、広島大学の高橋修准教授、理化学研究所の橋爪大輔博士らと共同で行ったものです。
 
  安価で入手容易な鉄を触媒して用いる鉄クロスカップリング反応は従来の貴金属触媒によるクロスカップリング反応に代わる次世代の基盤化学技術として期待されています。しかし、鉄を触媒とする反応では、その常磁性のためにNMR等の一般的な分析手段を用いて触媒反応の様子を調べることができませんでした。そのため触媒機能の向上や反応効率の改善のために、鉄の触媒作用を直接観察できる新しい手法の開発が望まれていました。
 同研究グループは、大型放射光施設SPring-8の強力なX線を利用したX線吸収分光(XAFS法)を用いて、クロスカップリング反応中で鉄触媒のはたらきや構造を直接観察することに成功し、45年以上議論の続いている鉄触媒クロスカップリング反応の機構を明らかにしました。
 

図1 THF溶液のXAFS測定から同定、構造決定された触媒中間体FeBrMes(SciOPP)およびFeMes2(SciOPP)の分子構造
 

図2 XAFSにより決定された鉄触媒FeX2(SciOPP)によるクロスカップリング反応機構
 
 本研究の成果は、鉄触媒を用いる有機合成反応のさらなる発展と深化に必須の分析手段であるだけでなく、常磁性のために触媒作用の解明が遅れているCr、Mn、Co、Cu等の元素戦略上重要な他のベースメタル触媒の研究においても画期的な分析手段になり得るものです。
 

●用語解説●

 

SPring-8:兵庫県佐用町にある大型放射光施設。加速器や蓄積リングで発生させた強力な放射光(X線)を用いて、様々な物質を原子、分子レベルで分析することができる。

 

クロスカップリング反応:Pd等の適当な触媒の存在下に、炭素アニオン性の反応剤R-M(Rは適当な有機分子)とハロゲン化芳香族分子Ar-Xを反応させ、R-Arを得る炭素-炭素結合形成反応。有機分子の炭素骨格を拡張・展伸したり、芳香族分子に様々な官能基を導入することによって機能付与を行う事ができるため、医薬品、電子材料(液晶、有機ELなど)の分野で最も重要な有機合成反応の一つである。

 

X線吸収分光(XAFS法):内核分光法の一種で、対象分子に強力なX線を照射することによって内核電子を励起させ、光電子として分子の外に弾き出した際に吸収されるエネルギーをX線波長に対してプロットした吸収スペクトル。XAFS法は強力な放射線を利用するため、実際の触媒反応と同等の低濃度条件での測定が可能となる。また、UV-visスペクトルの様に最外殻電子ではなく、内核に強く束縛された電子を対象としているため、元素種に固有の内核エネルギーに依存したスペクトルを与える元素選択的な分光法であることが大きな特徴と言える。例えば、触媒1の関与する分子種では、Feのみ、Brのみ、Pのみといった元素別のスペクトル測定が可能であり、対象分子内の各元素について、存在の有無や、電子状態、価数、結合情報を個別に知ることができる。XAFSスペクトルは2領域に分けて分析されることが一般的であり、吸収スペクトルの開始端附近であるXANES(X-ray Absorption Near Edge Structure)と呼ばれるスペクトルでは、開始端のエネルギー値や形状によって対象元素の価数や配位構造(軌道対称性)の情報が得られる。また、XANES吸収端のさらに高エネルギー側に見られる振動構造EXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure)と呼ばれる領域では、振動構造を解析する事で、対象元素に結合した各原子との距離情報を知ることが可能であり、観測対象元素を中心とした局所構造の精密決定が行える。

 
 
本研究の一部は最先端・次世代研究開発支援プログラム、JST戦略的創造研究推進事業CREST (Nos. 1102545 and 11103784)およびJSPS科学研究費助成事業 基盤研究(C)(No. 22550099)、特別研究員制度(Nos. 24・02790 and 24・02338)、住友化学奨学金、および京都大学化学研究所の共同利用・共同研究拠点の補助を受けて行われました。