効率100%で電気を光に変換する有機EL材料の高性能化に成功

梶 弘典教授ら
(環境物質化学研究系 分子材料化学研究領域)

 
この成果は、2015年10月19日(月)に国際学術雑誌Nature Communicationsのオンライン版に公開されました。
梶弘典教授・福島達也助教・志津功將助教・鈴木克明研究員・久保勝誠さん(修士課程学生)・鈴木不律さん(博士後期課程学生(当時))・鈴木創さん(修士課程学生(当時))・大岩元さん(修士課程学生(当時)) (環境物質化学研究系 分子材料化学研究領域) 
村田靖次郎教授・若宮淳志准教授(物質創成化学研究系 構造有機化学研究領域)
安達千波矢センター長・小簑剛助教(九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター)
   
 京都大学化学研究所は、九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センターと共同で、理論化学計算に基づいた有機分子の精密な設計により、励起子の挙動制御を可能とし、効率100%で電気を光に変換する有機エレクトロルミネッセンス材料を高性能化することに成功しました。有機エレクトロルミネッセンスデバイス(有機EL)は、電気を光に変える素子であり、次世代のディスプレイや照明への応用が期待されています。今回、新たに開発した材料DACT-IIは、イリジウムや白金といった希少元素を含まない、水素・炭素・窒素のみからなる材料で、高い発光特性を広い温度範囲および輝度領域において発揮します。また、この分子は、有機ELにおける光取り出しに有利な分子配向を有しており、さらに、簡単なμレンズからなる光取り出しシートを用いることにより、外部量子効率41.5%を有する有機ELの実現を可能としています。薄膜状態におけるガラス転移温度も192-197℃と高く、耐熱性にも優れた材料です。
 有機物に電気を流し発光させるという現象は、1950-60年代に基礎研究が開始されました。初期の材料は、わずかな光を得るためにも高電圧が必要であり、とても実用化が期待できるものではありませんでした。しかし、1987年に二層の有機薄膜からなる有機ELが作製され、10 Vで外部量子効率1%という明確な蛍光発光が報告されて以来、基礎、応用の両面で研究が活発に進められてきました。
 電気を光に変える際、デバイス内部で電子と正孔がペアになって光へと変換されます。この電子と正孔のペアは励起子と呼ばれますが、この励起子には、一重項励起子と三重項励起子の2種があります。デバイスに電気を流すと、一重項励起子と三重項励起子が25%:75%の割合で生成されることが知られています。従来の蛍光発光型のデバイスにおいて、光に変換されるのは一重項励起子のみで、三重項励起子は熱として捨てられていました。また、デバイスの中で生じた光のうち70-80%はデバイスの中に閉じ込められてしまい、デバイス外部に取り出せる光は20-30%にとどまります。すなわち、電気から外部に取り出せる光への変換効率(外部量子効率)は、最大でも5-7.5%でした。その後、三重項励起子から光への変換、いわゆるりん光発光を用いることにより、すべての励起子を光に変換できるようになりましたが、そのためにはイリジウムや白金といった高価かつ希少な元素を用いる必要がありました。
 これらの問題を解決するために、特に最近、三重項励起子を一度、一重項励起子に変換し、そこから光を得るという熱活性化型遅延蛍光(TADF)材料に関する研究が内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)(中心研究者:安達千波矢)において進められ、2012年には、19.3%という極めて高い外部量子効率を示す、新たな発光材料4CzIPNが開発されました (参考文献1)。このTADF発光を示す材料は希少な元素を用いる必要がないことから、現在、世界中で活発に研究が進められています。
 このTADF型発光に関して、その最高効率を100%にするのみならず、高輝度域においても高効率を保持すること、また、デバイスの耐久性を高めることが望まれます。これらを達成するためには、三重項励起子と一重項励起子の間のエネルギー差(ΔEST)をできるだけ小さくし、三重項励起子から一重項励起子への変換を高効率かつ迅速にする必要があることに加え、一重項励起子から光への変換も高効率かつ迅速にする必要があります。しかし、従来、これらの2つの変換を両立させることは困難でした。
 今回、本研究グループはコンピュータを使った理論化学計算を活用することにより、材料の分子構造と発光特性の相関を明らかにし、小さなΔESTを持ち、かつ、すべての一重項励起子を極めて迅速に光に変換できる材料の分子設計指針を得ることに成功しました。その指針に基づいてDACT-IIと名付けた新たな分子を設計し、ΔESTを上記4CzIPNの1/10に低減させるとともに、すべての一重項励起子を光に極めて迅速に変換することを可能としました。すなわち、従来、両立が困難であった、ΔESTの低減と一重項励起子からの迅速な発光の両方を達成し、幅広い温度領域、輝度領域において、高効率で電気を光に変換することに成功しました。
 DACT-IIを用いた有機ELにおいて、実際に得られた最大の電気→光変換効率は100%、外部量子効率は29.6%でした。さらに、簡単なμレンズからなる光取り出しシートを用いた結果、最大で41.5%という極めて高い外部量子効率が得られました。 
 りん光あるいはTADF系の有機ELにおいては、通常、輝度が高くなるにつれて、デバイス内の励起子が増えていき、励起子間の相互作用により失活してしまう現象が起こります。すなわち、高輝度になると電気→光変換効率が大幅に落ちるという現象がよく知られていますが、上述の三重項励起子から一重項励起子への迅速な変換、および、一重項励起子から光への迅速な変換により、本有機EL材料DACT-IIでは励起子密度を低減させることができ、その結果として、3,000 cd/m2下で外部量子効率30.7%と十分に高い効率を得ることに成功しています。また、この特性のため、素子の寿命も長くなることが期待されます。
 通常、遅延蛍光系においては、低温になるほど発光特性が低下します。しかし、本有機EL材料ではΔESTが小さいために、高温域はもとより低温度域においても高い発光特性が維持されます。薄膜状態におけるガラス転移温度も192-197℃と耐熱性にも優れた材料であり、広い温度範囲での利用が可能です。
 これらの成果は、理論化学計算を活用した分子構造の設計に基づき、励起子挙動の制御を可能とすることにより、高機能化を実現するとともに、その背後にある物理を明らかにしたものです。
 
<本有機EL材料の特長>
① 量子化学計算に基づく精密な分子設計により、両立が困難であった、小さなΔESTと一重項励起子からの迅速な光変換を可能とした。耐熱性にも優れており、広い温度範囲、輝度範囲において、高い発光特性の発現が可能である。
② DACT-IIは炭素、水素、窒素からのみ構成され、イリジウム・白金などの希少で高価な元素を用いない。この特長は、安価であること以上に、元素戦略上、極めて重要である。
③ 有機ELからの発光に関し、望ましい分子配向特性を有する。
④ 高効率で電気を光に変換できる分子の設計指針が得られたことから、今後、異なる発光色などを含め、多様な分子の開発が可能となる。
 

研究俯瞰図

   

(a) 新規熱活性化型遅延蛍光材料 DACT-II の分子構造と特長
(b) DACT-IIを発光材料に用いた有機ELデバイスの効率とEL発光時の様子
(c) DACT-IIを発光材料に用いた有機膜の一重項励起子⇒光変換効率の温度依存性

     
 
 
 本研究における分子の設計指針は、今後、さらなる高特性、高付加価値を有する発光材料の設計・開発はもとより、上記以外の用途、例えば、生体プローブ等への展開にも有用な知見を示すものです。また、この設計指針から得られた有機EL材料「DACT-II」の特性は、産業上の優位性を示しています。励起子の増加を低減できることから、実用上重要な素子寿命の改善に展開されることが期待されます。今後、デバイス構造や光取り出し技術等の工夫により、外部量子効率をはじめとする、さらなる特性改善を進める予定です。
 
 
●用語解説●

励起子: 電子と正孔がペアになったもの。励起子には一重項励起子と三重項励起子の2種があり、一重項励起子からは蛍光が得られる。三重項励起子は、イリジウムや白金が存在する場合など、特殊な状況を除き、通常、熱として失活してしまう。

有機エレクトロルミネッセンス材料: 電流(電子と正孔)を流すと光る有機材料。

有機エレクトロルミネッセンスデバイス(有機EL): 有機薄膜を2つの電極ではさんだ発光素子。各電極から注入された電子と正孔が有機薄膜中で出会いペアになったのち、その電子-正孔ペアが消滅する際、光を放出する。

DACT-II: 一重項励起子からの迅速な発光と小さなΔEST(本文参照)を特長とするTADF材料。これら2つの特長はトレードオフの関係にあり、両立させることが困難であった。今回、コンピュータを駆使した理論化学計算を用いることで、この困難を解決する分子設計指針を見出すことに成功した。

熱活性化型遅延蛍光(TADF)材料: 通常起こらない三重項励起子から一重項励起子への変換を経由して発光する材料。熱により活性化され、また、通常の蛍光材料よりも長い蛍光寿命を示すため、熱活性化型遅延蛍光材料と呼ばれる。有機ELの発光材料として最近注目され、研究開発が活発になっている。

 
●参考文献 
(1)Uoyama, H.; Goushi, K.; Shizu, K.; Nomura, H.; Adachi, C., Highly Efficient Organic Light-Emitting Diodes from Delayed Fluorescence, Nature492, 234 (2012).
 

 この研究内容は、日経産業新聞(10月20日 8面)に掲載され ました。

 

 本有機EL材料は、FIRSTプログラムに参画された多くの企業、アカデミックの研究者が自由に議論できる場から生まれました。関係各位に感謝します。また、京大化研 共同利用・共同研究拠点からも助成を受けました。計算には京大化研および京大ACCMSのスパコンシステムを、有機デバイス作製、NMR、熱物性測定には京大化研 共同利用・共同研究拠点の装置を利用しました。


Kaji, H.; Suzuki, H.; Fukushima, T.; Shizu, K,; Suzuki, K.; Kubo, S,; Komino, T.; Oiwa, H.; Suzuki, F.; Wakamiya, A.; Murata, Y.; Adachi, C., Purely Organic Electroluminescent Material Realizing 100% Conversion from Electricity to Light, Nature Communications, DOI:10.1038/ncomms9476 (2015).