自然科学機構と京大  新開発の透過型電子顕微鏡によりブロックコポリマーなどの無染色観察に成功

2005.5.13  高分子年次大会 (2005/5/25-27 パシフィコ横浜にて開催 ) 記者発表
        [2E15] 高分子の構造研究における位相コントラストTEMの応用
        (京大化研)登阪雅聡、掬谷信三
        (自然科学機構岡崎) Radostin Danev、永山國昭
2005.5.16  日経産業新聞に掲載 「透過型電子顕微鏡 染色なしで鮮明画像」
2005.5.19  化学工業日報に掲載「高分子試料 無染色観察可能に」

 自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンターの Radostin Danev 研究員と永山國昭教授のグループは像のコントラストを飛躍的に高める「位相コントラスト TEM 」 (TEM: 透過型電子顕微鏡 ) を開発、京都大学化学研究所の登阪雅聡助手と共に各種高分子試料の無染色観察に成功した。この位相コントラスト TEM は通常の TEM に位相板を組み込んだ袈置であり、その作用により極めてコントラストの高い像を得る事が出来る。

 TEM 自体は原子の大きさに迫る高い解像力を持っている装置だが、物質の微細構造を観察するためには解像力に加えて像のコントラストが必要である。高分子など軽 元素からなる試料は一般に像のコントラストが小さい。そのため、通常は化学構造や密度、表面形態の違いを利用して特定の部分に重金属原子を付着させる「染 色」「シャドウイング」などの前処理を行い、コントラストを高めた試料を観察している。しかし、これらの前処理手法が適用できないため、内部構造の判定で きない試料も数多く存在している。また、染色法の場合はナノスケールの構造が染色過程で元の構造と変わってしまう可能性がある。こうした問題に対して、こ れまで元素分析の手法を組み合わせる試みが成されてきたが、多量の電子線を照射する必要があるため電子線損傷という別の問題が引き起こされていた。

 光学顕微鏡の場合には、コントラストの低い透明な試料を無染色で観察するために、位相差顕微鏡や微分干渉顕微鏡が実用化されている。 これらの手法では、散乱した光線と散乱しなかった光線の位相を逆転させて干渉させる事により、試料中の屈折率や厚みの変化に応じたコントラストを生み出し ている。原理的には TEM でも同様な位相差観察が可能だが、技術的な間題により実現されていなかった。永山教授らは位相板製作技術を開発、さらに、位相板の帯電により結像系が乱れ るという TEM 特有の問題も克服し、位相コントラスト TEM を完成させた。

 位相コントラスト TEM は撮影の際、特別に電子線照射量を増やす事もないので、幅広い試料に適用可能である。この技術により今まで見えていなかったナノ構造が観察可能となり、各 方面で研究の進展が期待される。既に生物分野で幾つかの観察結果が報告されているが、今回、高分子材料についても位相コントラスト TEM の有用性を示す幾つかの結果が得られた。一例として、カーボンブラックを充填した天然ゴム ( 自動車用タイヤなどに広く利用されている ) の像を示す。この試料は、染色するとマトリックスであるゴムが染まってしまうため、染色法が適用できない。通常法 (a と b 、 a は正焦点での像、 b はわざと焦点を外す事によりコントラストを高めている ) と比べると、位相コントラスト TEM による像 (c) では著しくコントラストが改善されている。

 また、ポリスチレンとポリイソプレンのブロックコポリマーにより形成されたラメラ構造についても、位相コントラスト TEM を用いて無染色での観察に成功した。この試料は通常、染色しなければ全くコントラストが付かないが、位相コントラスト TEM では二成分間の屈折率差により明瞭なコントラストが得られた。ブロックコポリマ一による自己組織化はナノテクノロジー分野での応用が活発に研究されてい る。これまで TEM による研究対象は染め分け出来る試料に限られてきたが、位相コントラスト TEM による無染色観察で研究の幅が大きく広がると期待される。

<適用分野>
ナノテク材料、ブロックコポリマー、ポリマーブレンド、コンポジット材料、自己組織化

参考文献
1) R.Danev and K.Nagayama: Ultramicroscopy 88,243(2001)
2) R.Danev, H.Okawara, N.Usuda, K.Kametani and K.Nagayama:
  J.Biol.Phys.28,627(2002).