水分子単独ならびに水分子二個の結合体の挙動解明に成功 ~生命に最も関係の深い水を利用した新機能物質の開発に期待~

村田 靖次郎教授ら

(物質創製化学研究系 構造有機化学研究領域)

 


上段左から)若宮准教授、村田教授、長谷川教授、阿波連研究員
下段左から)下赤助教、張さん、村田助教

この研究成果は、2016年3月7日(米国時間)の週に科学誌 Nature Chemistry のオンライン速報版で公開されました。
 構造有機化学研究領域の張鋭さん(博士後期課程学生)、村田理尚助教、阿波連知子博士研究員、若宮淳志准教授、村田靖次郎教授、ならびに、分子環境解析化学研究領域の下赤卓史助教、長谷川健教授らは、水分子を炭素原子が球状に結合しているフラーレンの一種であるC70の内部に閉じ込めることに成功しました。
 
 水は生命にとって最も身近かつ重要な物質であり、水分子(HO)から構成され、分子はお互いに水素結合によって結ばれています。そのため、1個、あるいは2個の水分子を取り出して、その基礎的物性を明らかにする研究はほとんどありませんでした。
 今回、化研の研究グループでは、フラーレンC70に開口部を構築し、そこから水分子を内部に挿入し、その後、開口部を元通りに修復することによって、水を内包したフラーレンC70の合成を達成し(図1)、1個の水分子が単独で動いている様子の観測に成功し、さらに、世界で初めて2個の水分子を安定に実現させその挙動観測に成功しました(図2)。今後、開発した技術を利用して、これまで不可能であった水の単分子や2個の分子の物性研究を詳細に行うことが可能になり、生命に最も関係の深い水の挙動解明を進めることが可能となります。
 分子内部の空間に金属イオンや分子をもつ内包フラーレンは、様々な新しい機能を発揮する機能性分子として大きな注目を集めています。今回開発した技術を用い、、有機薄膜太陽電池の性能向上、生理活性素材の開発、生命現象を解明するためのプローブ分子への応用などが期待されます。
 
図1 HO分子を内包したフラーレンC70の合成経路
フラーレンC70と含窒素芳香環との反応により、α結合での反応生成物と、β結合での反応生成物が得られる。α結合での生成物では、充分な大きさを持つ開口部の構築は困難であったが、β結合での生成物からは、3段階の反応の後に大きな開口部を構築することができた。その開口部からHO分子を内部に挿入し、その後開口部を元通りに修復することによって、HOを1分子内包したC70と、2分子を内包したC70が初めて合成された。
 
図2 1個ならびに2個のHO分子を内包したフラーレンC70の構造
 

●用語解説●

 

水素結合: 電気陰性度の高い原子に共有結合で結びついた水素原子が、近傍の酸素等の孤立電子対とつくる非共有結合性の引力的相互作用。今回の場合、HO分子のOH結合が、他の分子の酸素と弱い結合を形成している。気体のHO分子でも、数個の分子が水素結合で結ばれたクラスター構造をもつ。

 

フラーレンC70 70個の炭素原子が球状に結合しているフラーレンの一種。完全な球状のC60に対して、C70はラグビーボール状の形である。

 

内包フラーレン: 金属イオン、希ガス原子、水素等の小分子を内部にもつフラーレン。金属内包フラーレンの場合は、金属を含んだ炭素棒のアーク放電法により合成される。

 

有機薄膜太陽電池: フラーレン誘導体と導電性ポリマーを混合した溶液を薄膜化することで作られる次世代太陽電池。軽く、しなやかという特性をもつ。C60誘導体よりもC70誘導体を用いた場合の方が、性能が良い例が多い。

 

 
本研究は、JSTさきがけ、科研費、新学術領域「π造形」、新学術領域「感応性化学種」、共同利用・共同研究拠点の支援によって行われました。