スズ系ペロブスカイト太陽電池の高効率化
―再現性よく高品質半導体膜を作製できる手法を確立―

若宮淳志教授、ジェイウェイ・リウ博士研究員、尾﨑雅司氏(大学院生)、
薬丸信也氏(大学院生)、リチャード・マーディ助教

(複合基盤化学研究系 分子集合解析研究領域)

金光義彦教授、半田岳人氏(大学院生)

(元素科学国際研究センター 光ナノ量子物性科学研究領域)

村田靖次郎教授

(物質創製化学研究系 構造有機化学研究領域)


下の段左から 薬丸信也氏、村田靖次郎教授、ジェイウェイ・リウ同博士研究員、尾﨑雅司氏、若宮淳志教授、リチャード・マーディ助教
上の段左から 半田岳人氏、金光義彦教授

本成果は、2018年9月5日に独国の国際学術誌Angewandte Chemie誌にオンライン掲載されました。

京都大学化学研究所の若宮淳志教授、ジェイウェイ・リウ同博士研究員、尾﨑雅司氏(博士課程学生)、薬丸信也氏(修士課程学生)、半田岳人氏(博士課程学生)、金光義彦同教授、村田靖次郎同教授、リチャード・マーディ同助教、および大阪大学大学院工学研究科の佐伯昭紀准教授らの研究グループは、溶液の塗布によるスズ系ペロブスカイト半導体膜の作製法の改良に取り組み、均一性が高く高品質な半導体膜を得ることができる独自の成膜法を開発しました。これにより、再現性が良く高い光電変換効率を示すペロブスカイト太陽電池を作製できる手法の確立に成功しました。
 
1.背景
 近年、ペロブスカイト半導体材料を光吸収層に用いたペロブスカイト太陽電池が、溶液の塗布により作製できる次世代の高効率太陽電池として注目されています。これまでは、鉛を原料に含む鉛系ペロブスカイト半導体材料を用いた太陽電池が主に研究されてきました。しかし、これらの鉛系ペロブスカイト太陽電池では20%以上の高い光電変換効率が得られる一方で、鉛が及ぼす環境や人体への影響が危惧されています。そのため、本太陽電池の実用化の観点から、鉛を用いない新たなペロブスカイト材料の開発が強く求められています。鉛の代わりにスズを原料に用いたスズ系ペロブスカイト太陽電池は、環境負荷の少ない次世代型太陽電池の有力候補として期待を集めています。しかし、材料中のスズイオン (Sn2+)が酸化されやすいなど、材料の特性としても鉛系ペロブスカイト材料と異なる点も多く、その太陽電池の高性能化には課題が残されています。実際、スズ系ペロブスカイト太陽電池の光電変換効率は、依然、数%から最大でも9%以下と低く、さらにその再現性にも乏しいという問題がありました。
2.研究手法・成果
 この重要課題の解決に向けて、当研究グループでは、材料化学の視点から、スズ系ペロブスカイト半導体の本質の解明に基づいて、1)高純度化前駆体材料の開発1)と、2)独自の成膜手法の開発という二つのアプローチで取り組んでいます。
 本研究では、特に再現性よく高性能太陽電池を得るためのスズ系ペロブスカイト半導体膜の作製手法の開発に焦点を当てて、研究を進めました。まず、8%を超える光電変換効率が得られると報告されている手法2)に従って、太陽電池の作製を検討しました。しかし、その光電変換効率は報告値と大きく異なり、0~3%に留まりました。得られたペロブスカイト半導体膜を電子顕微鏡で観察すると、報告されている手法で膜を作製しても、多くの穴が空いた表面被覆率の悪い膜しか得られないことがわかりました(図1)。
 そこで、溶液を塗って乾燥させて半導体膜が生成する過程で何が生じているかを突き詰めて考えることで、均一な膜を作製するために重要なメカニズムは、次の二つであると考えました(図2)。スズ系ペロブスカイト半導体の場合は、鉛系のペロブスカイトの場合と少し異なって、まず、1)基板上に塗った材料を含む溶液に対して、材料が溶けにくい溶媒(貧溶媒、アンチソルベント)を、基板を高速で回転させながら滴下することで、中間体(途中の状態)を経由せず、半導体材料の結晶核がすぐに生成します。次に、2)得られた膜をゆっくりと加熱(アニール)することで、それぞれの結晶核が成長して約120 nm程の薄い半導体膜ができます。これらの二つの過程を制御する手法を開発することで、均一な膜を得ることができるものと考えました。

1)まず、貧溶媒の滴下の際に、基板上で二つの溶媒がより激しく混ざりあうことで、より多くのペロブスカイト材料の結晶核が一気に析出するのではないかと考えました。そのために、滴下する貧溶媒として温めたクロロベンゼンを用いることにしました(ホット・アンチソルベント・トリートメント法(HAT法、図2))。この貧溶媒の温度を従来の室温から上げていくと、膜の均一性が顕著に向上し、65 ℃が最適であることを見出しました。

2)次に、ホットプレート上で加熱(アニール)して残った溶媒を飛ばす際に、結晶をできるだけゆっくりと成長させてより大きい結晶を作製するために、一定時間ペトリ皿などで蓋をしながらガラス基板を加熱し、溶媒の蒸気圧を制御しました。条件を詳細に検討した結果、最初の10秒〜30秒間だけ蓋をして加熱することで(ソルベント・ベイパー・アニーリング (SVA法、図3))、より大きな結晶性の塊(グレイン)をもつ均一な半導体膜が作製できることを見出しました。

図2. よりたくさんの結晶核を析出させるHAT(Hot Antisolvent Treatment)法
図3. より大きな結晶に成長させるSVA(Solvent Vapor Annealing)法
 これら二つの手法を組み合わせることで、均一性の高いスズ系ペロブスカイト膜を作製することが可能になりました。これにより、再現性よく7%を超える光電変換効率を示すスズ系ペロブスカイト太陽電池を作製することができるようになりました(図4)。
3.波及効果、今後の予定
 今回開発した手法は、「温かい貧溶媒を用いるだけ」のHAT法と「蓋をして加熱するだけ」で溶媒蒸気を制御するSVA法という二つの簡便な手法を組み合わせたものでありますが、それぞれ、スズ系ペロブスカイト材料の成膜過程における結晶核生成と結晶成長のメカニズムの解明とそれらの制御に基づいて開発されたものであり、高い再現性と汎用性をもつ手法です。
 本手法の確立により、国内外の様々な研究機関でも、均一な高品質ペロブスカイト膜を再現性よく作製することが可能になり、これにより、良好な光電変換効率示すスズ系ペロブスカイト太陽電池を標準デバイスとして作製できるものと期待できます。これまで、高効率太陽電池作製の「再現性の悪さ」が、スズ系ペロブスカイト太陽電池の研究の進展を遅らせているボトルネック課題でありましたが、本研究はこれを解決する大きな一歩であると言えます。今後、この技術をもとに、スズ系ペロブスカイト材料開発及びデバイス構造の改良・開発研究が大きく進み、環境負荷の少ないペロブスカイト太陽電池研究がさらに活発化するものと期待されます。
 
参考文献
1) M. Ozaki, Y. Katsuki, J. Liu, T. Handa, R. Nishikubo, S. Yakumaru, Y. Hashikawa, Y. Murata, T. Saito, Y. Shimakawa, Y. Kanemitsu, A. Saeki, A. Wakamiya, ACS Omega 2017, 2, 7016–7021.
2) Z. Zhao, F. Gu, Y. Li, W. Sun, S. Ye, H. Rao, Z. Liu, Z. Bian, C. Huang, Adv. Sci. 2017, 4, 1700204.
本研究は、下記の予算の支援を受けて行われました。
(1)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)
(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「光マネジメントによるCO2低減技術(実用技術化プロジェクト)」
(プログラムオフィサー:谷口 研二 大阪大学 特任教授)
研究課題名:「環境負荷の少ない高性能ペロブスカイト系太陽電池の開発」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成28年度~平成32年度
(2)革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)拠点
(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「活力ある生涯のためのLast 5Xイノベーション」
(プロジェクトリーダー:野村 剛 パナソニックプロダクションエンジニアリング株式会社 特別顧問)
研究課題名:「フィルム型太陽電池」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成25年度~平成33年度
(3)戦略的創造研究推進事業 ERATO(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「伊丹分子ナノカーボンプロジェクト」
(研究総括:伊丹健一郎 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長 教授)
研究課題名:「分子ナノカーボンの太陽電池素子への応用」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成25年度~平成30年度
(4)戦略的創造研究推進事業(CREST)
(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」
(研究総括:北山 研一 光産業創生大学院大学 特任教授)
研究課題名:「ハロゲン化金属ペロブスカイトを基盤としたフレキシブルフォトニクス技術開発」
研究者:金光義彦(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成28年度~平成32年度
(5)NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
「高性能・高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発」
(研究代表者:瀬川浩司 東京大学大学院総合文化研究科 教授)
研究課題名:「ペロブスカイト系革新的低製造コスト太陽電池の研究開発(新素材と新構造による高性能化技術の開発)」
研究者:若宮淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:平成27年度~平成31年度
*イラスト(漫画)の著作権:はやのん理系漫画制作室(hayanon@hayanon.jp、http://www.hayanon.jp)