鉄触媒を用いるC-グリコシドの立体選択的合成法を開発!
~低コストで安全な医薬品の実生産プロセスへの応用に期待

 
 

本成果は、2017年8月1日にアメリカ化学会誌Journal of The American Chemical Societyにオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所 Laksmikanta Adak博士(現Sovarani Memorial College(インド)Assistant Professor)、中村正治教授らのグループは、鉄触媒を用いるハログリコシド類とアリール亜鉛のクロスカップリング反応によって、C-グリコシドを高収率、高立体選択的に合成することに成功しました。
 

概要

 我々は鉄触媒クロスカプリング反応によるC—グリコシル化反応の開発に成功しました(図1)。本法は、鉄を触媒として入手容易で安価な塩化グリコシルからC—グリコシドを合成した初めての例であり、1)α/β-立体異性体のほぼ完全な作り分けが可能であること、2)人体に対して無害なマグネシウム、亜鉛、鉄を用いる合成法であり、国際的に定められつつある厳しい金属残留基準をクリアできる点から、C—グリコシル医薬品合成の実生産プロセスへの応用が期待されています。

 

図1 鉄触媒クロスカップリングによる立体選択的C-グリコシド合成。

 

 C—グリコシドは生体内で一般に見出される対応するO—グリコシドと異なり、加水分解等のアノマー位代謝分解を受けにくいため、糖分子が結合した配糖体や糖鎖を認識する酵素や蛋白質を標的とした医薬品開発において重要な分子となっています。そのため、これまでにも多くのC—グリコシド合成反応が開発されてきましたが、そのほとんどはオキソニウムウム中間体やC1カルバニオン中間体を経由する方法であり、1)前駆体の合成に多段階工程が必要なこと、2)中間体発生に強いルイス酸や強塩基を用いるため望まない副反応や副生成物が生じる等の問題点があります。これら問題を解決できる方法として、C1グリコシルラジカル中間体を利用する反応があります(図2)。C1ラジカル中間体は、対応するC1-ハログリコシド等から1段階で発生させることができ、これをオレフィンや炭素ラジカルで補足するだけで簡単にC—グリコシドを得ることができる優れた手法です。さらに、酸・塩基反応の際に問題となる望まない副反応(脱離、付加)や隣接基関与による選択性低下がほとんど見られないといった合成上のメリットがあります。この様に、ラジカル法はC—グリコシド合成に理想的な反応なのですが、図2に示す様に、従来法ではラジカル発生に有害なスズ化合物や爆発性のあるAIBN等のラジカル開始剤を用いる必要があることや、導入できる芳香族置換基が限られており、アリールC—グリコシド医薬品合成や大スケールでの実用合成への展開を妨げていました。

 

図2 本反応の特徴とメリット。

 

 我々の研究室では、鉄触媒クロスカップリング反応の機構研究の過程で、鉄上に芳香環が結合したアリール鉄種(Fe-Ar)がラジカル性を示し、ラジカル機構で進行するクロスカップリング反応等を触媒することを世界に先駆けて見出しています。そこで、このFe-Ar種のラジカル性を利用して、ラジカル的なC-グリコシル化反応における上記問題の解決に取り組みました。
 これまでの我々の研究から、鉄触媒でのラジカル発生に有利であることが発見された立体的に傘高い鉄ホスフィン錯体FeCl2(TMS-SciOPP)を触媒として用い、塩化グリコシドをジアリール亜鉛反応剤と反応させたところ、C1グリコシルラジカル中間体の生成と、続く芳香族ラジカルによるC1ラジカル中間体補足によるC—グリコシド生成が極めて高効率かつ選択的に進行して望みのC—グリコシドを得ることに成功しました。
 本反応の最大の特徴はα/β-二種の立体異性体のほぼ完全な作り分けが可能である点で、検討を行った多くのハログリコシド基質において、α体基質からはαグリコシドが、β体基質からはβ体のみを得ることに成功しました。このような立体選択性は鍵と鍵穴の関係によって、分子を認識する酵素や蛋白質を標的とした医薬品の開発に必要不可欠な特徴となります。さらに、人体に無害な金属(マグネシウム、亜鉛、鉄)のみを利用していること、反応を中性条件下で行えるため特別な保護基を必要とせずAc基等の一般的な保護基で十分に反応が行えること等、医薬品実用合成に適した反応系の開発に成功しました。この様な本反応の有用性は、次世代の配糖体医薬合成で重要となる二糖類であるO—アセチル—α—D—マンノースのC—グリコシド化反応や糖輸送蛋白質SGLT2に結合することで糖尿病の治療薬となるカナグリフロジン(Canagliflozin)の合成によって本論文にハイライトされています(図3)。

 

図3 本反応によって合成された医薬品として重要な配糖体分子。
 

●用語解説●

C-グリコシド: 自然界に存在するほとんどの糖はO-グリコシド結合という酸素を介したエーテル結合で他の糖ユニットとつながっています。このO-グリコシドは、加水分解を受けやすいため、医薬品として用いた場合に血中や体内ですぐに分解をしてしまうという欠点があります。O-グリコシドのこのエーテル結合の酸素部分を炭素で置き換えたC-グリコシド結合は、加水分解を受けにくいため生体内で安定に存在し、蛋白質と結合することで顕著な薬理作用を発現します。そのため、糖質と結合する蛋白質を標的とする医薬品開発の重要な候補分子となっており、その高効率で安全、安心な製造方法の開発が求められています。

 

鉄触媒クロスカップリング反応: クロスカップリング反応は従来からニッケルやパラジウムを用いて行われるのが一般的でしたが、これらは地殻含有量が低く、希少で高価な金属であること、生体に対して少なからず毒性を示すこと、ハロゲン化アルキルを求電子基質に用いると収率や選択性が低いことが問題となっていました。当研究グループでは、鉄触媒を用いることで実用的なハロゲン化アルキルのクロスカップリング反応を実現し、2004年に世界に先駆けて報告しました。鉄は地球上で存在量の最も大きな遷移金属であるため、安価で生体に対する毒性もほとんどありません。そのため、医薬品合成のみならず電子材料等の製造において、地球環境や安全、安心に配慮した未来型の合成反応になると期待され、世界中で活発な研究が行われています。

 

 

 本研究は、総務省次世代最先端プログラム、JST CREST、文部科学省 科学研究補助金、統合物質創製化学研究推進機構、日本学術振興会の支援を受けて行われました。