2 km/s 以上の超高速磁壁移動達成!
フェリ磁性体を用いて新しい磁壁移動機構の発見

この研究成果は、英国科学誌Nature Materialsに2017年9月26日オンライン公開されました。

 京都大学化学研究所の小野輝男教授、Kim Kab-Jin助教(現韓国科学技術助教)、森山貴広准教授、Kim Sanghoon博士研究員、Kim Duck-Ho博士研究員、大学院生の平田雄翔氏、東野隆之氏、奥野尭也氏、Ham Wooseung氏らは、日本大学の塚本新教授、Korea UniversityのKyung-Jin Lee教授、UCLAのYaroslav Tserkovnyak教授との共同研究により、フェリ磁性体における超高速な磁壁移動を見いだしました。この新しい移動機構によって磁壁移動速度が従来の数倍(2 km/s)になることが明らかとなり、本研究は基礎的にも応用的にも重要な知見といえます。
 

1. 背景

 強磁性体の磁区と磁区の境界を磁壁と呼びます。この磁壁は磁場によって移動させることができます。小さい磁場では、磁壁内部の磁化が固定されて磁壁が動き(steady motion)、ある磁場(Walker磁場)より大きくなると、磁壁内部の磁化が歳差運動を伴って磁壁が移動(precessional motion)します。このように強磁性体において磁壁が磁場で移動する機構はよく知られていますが、反強磁性体またはフェリ磁性体での磁壁移動機構はよく分かっていませんでした。

 

2. 研究手法・成果

 研究チームは、フェリ磁性体GdFeCoに注目しました。フェリ磁性体は、逆を向く二種類の磁化を持つため、全体の磁化が0となる磁化補償温度と、全体の角運動量が0となる角運動量補償温度を有します(図1)。

 

図1: フェリ磁性体GdFeCoにおける磁壁移動実験の概念図。挿入図: 磁化補償温度上下においての磁気モーメントの方向。

 

GdFeCoの特徴は、磁化補償温度と角運動量補償温度が違うことです。すなわち、温度を変化させると、磁化補償温度と角運動量補償温度の影響を別々に調べることができます。現在まで、磁化補償温度の影響は調べていましたが、角運動量補償温度での磁壁ダイナミクスはよく分かっていませんでした。そこで、今回本研究チームは角運動量補償温度の付近で磁壁の移動速度を調査しました。その結果、磁壁移動速度が角運動量補償温度で急激に増加することが分かりました。最大速度は約2 km/sで、従来の強磁性体での最大速度の数倍になることが分かりました(図2)。
 これらの磁壁移動速度の増加を解明するために、理論計算とシミュレーションを行いました。その結果、角運動量補償温度では磁壁が歳差運動せずに、磁壁内部の磁化が固定されて磁壁が移動することがわかりました。つまり、角運動量補償温度では、Walker磁場より大きな磁場を印加しても歳差運動による速度減少がないことを意味します。この結果は、 角運動量補償温度ではフェリ磁性体が反強磁性体的なスピンダイナミクスを示すことを意味します。

 

図2: 角運動量補償温度(約310 K)での磁壁速度の増加。赤色の領域(約220 K)は磁化補償温度を示す。

 

3. 波及効果

 磁壁の移動を利用した磁壁メモリは次世代磁気メモリとして期待されています(図3)。本研究成果は、フェリ磁性体を用いることで超高速な磁壁メモリが実現可能であることを意味します。さらに本結果は、これまで不可能と考えられていた反強磁性体の磁化制御の可能性を示唆しています。

 

図3: 磁壁移動型メモリデバイスの模式図。細線をフェリ磁性体にすれば、超高速に動作するメモリが可能。
 

4. 今後の予定

 本研究では、磁場によって超高速に移動する磁壁をフェリ磁性体において実現し、新しい磁壁移動機構を見いだしました。しかし、メモリとしての動作には電流による磁壁移動が不可欠です。今後は、同様のフェリ磁性体を用いて、電流による磁壁の高速移動を実現することを目指します。電流による磁壁移動の高速動作、補償温度に関する知見が得られ、磁壁メモリの実用化が大きく前進すると期待されます。

 

 本研究の一部は、科学研究費補助金「特別推進研究」、「学術創成研究」、「特別研究員奨励」、京都大学化学研究所共同利用・共同研究拠点研究によって支援されました。