電圧による局所的な磁化反転を観測
~磁気記録デバイスの省エネ書き込みに期待~

この研究成果は、2016年4月28日に日本応用物理学会誌Applied Physics Express誌、2016年7月11日に米国科学誌Applied Physics Lettersにオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所の小野輝男教授、森山貴広准教授、Kim Kab-Jin助教、Kim Sanghoon氏、河口真志氏(現東京大学助教)、大学院生の柿堺悠氏、山田貴大氏、安藤冬希氏らのグループは、東京大学の千葉大地准教授、小山知弘助教との共同研究により、絶縁膜を介して磁石に電圧を加えることで、室温で磁区模様が変化し、局所的な磁化反転を誘起できることを見い出しました。さらに、この現象の詳細な調査により、磁石の起源となる相互作用(交換相互作用)を電圧で制御できることを明らかにしました。
 

1.背景

 磁気メモリやハードディスクなど磁石を使った情報記録装置では、磁化を反転することで情報を書き込んでいます。磁化を反転するためにはいくつかの手法がありますが、そのうちの一つに磁壁移動の利用があります。磁壁が移動すると、局所領域の磁化は反転するため、これを高密度の情報の書き込みに利用する試みが積極的に行われています。ところが、従来の方法では磁壁移動(書き込み)には磁界や電流を加える必要があるため、より消費電力の少ない電圧による書き込み方法が期待されています。
 これまで同グループは磁壁の移動速度や磁壁のエネルギーを決定する磁気異方性定数が電圧によって変化することを明らかにし、これらの成果をもとに電圧による磁壁駆動の実現を試みてきました。

 

2.研究手法・成果

 実験手法の概念図を図1に示します。青色で表されたコバルト(Co)層は数原子層の超薄膜であり、緑色の絶縁層を介して電圧を印加することができます。電極に透明かつ導電性を有する酸化インジウム錫を使用することにより、電圧を印加しながら、磁区状態を磁気光学顕微鏡によって直接観察することができます。使用した試料は数原子層のコバルト超薄膜で、電圧を加えながら磁区模様を観察しました。その結果、電圧の印加により磁区模様が大きく変化し、ある局所領域においては印加した電圧に応じて可逆的に磁化が反転することがわかりました(図2)。また、試料の磁区幅を決定する飽和磁化、磁気異方性定数、交換相互作用の3つの要素に細分化してこの現象を詳細に解析したところ、交換相互作用が約50%も変化していることがわかり、今回観察された磁区幅の変化には交換相互作用の変調が大きく寄与していることが明らかとなりました(図3)
※同時期に同様の結果が東北大学からも報告(AIP Advances 6, 075017 (2016).)。

 

図1 測定の概念図
 
図2 試料のの端部において電圧の印加のみにより可逆的な磁化反転が観察されました。左図中のグレーの部分は磁化が紙面手前向きの領域を、黒い部分は磁化が紙面奥向きの領域を示します。左図中の黄色の四角内の磁化と印加した電圧を時間に対してプロットしたものが右図です。印加した電圧に応じて磁化が反転していることがわかりました。
 
図3 電圧による磁区幅の変化。電圧による磁区幅の変化について、飽和磁化、磁気異方性の寄与を差し引いたところ、交換相互作用が約50%も変化していることがわかりました。
 

3.波及効果

 従来提案されてきた電流や磁界を用いた磁壁移動では、回路を流れる電流によるエネルギー損失が問題となることが指摘されています。電流を流さず電圧のみで磁壁を自在に制御することができれば、磁壁移動を用いた磁気メモリの書き込みの省エネ化に新たな道が開かれると期待されます。

 

 本論文は「Applied Physics Letters」誌(Volume 109, Issue 2, 11 July 2016号)の表紙に選ばれました。

 

●用語解説●

磁区: 強磁性体中において磁化の向きが揃った領域を磁区と呼ぶ。磁化の向きが異なる磁区の混在する多磁区状態において、磁区幅は飽和磁化・磁気異方性・交換相互作用の大きさによって決定される。

 

磁壁: 磁区の境界において磁化がねじれている領域。

 

磁気異方性(定数): 磁化は磁石の結晶構造や形状、界面などの影響を受けて特定の方向に向きやすくなる。この性質を磁気異方性と呼び、磁気異方性定数はその強さを表す。

 

交換相互作用: 隣接したスピンを平行に揃えようとする相互作用。