スピン波の屈折を観測
~スピン波を利用したデバイスへの応用期待~

この研究成果は、2016年7月12日に米国科学誌Physical Review Lettersにオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所の小野輝男教授、森山貴広准教授、田辺賢士氏(現名古屋大学理学研究科助教)、畑拓志氏、大学院生の谷口卓也氏、(以上、京都大学化学研究所)らは、大阪大学理学研究科の小林研介教授、レーゲンスブルグ大学、ペルージャ大学との共同研究により、スピン波の屈折現象を観測することに成功しました。この成果はスピン波を利用した論理回路などへの応用が期待されます。
 

1.背景

 光は異なる媒質(空気から水など)を進むときに反射・屈折し、光の進行方向はスネルの法則に従います。スピンの集合体である磁性体の中にもスピンの波が存在しスピン波と呼ばれます(図1)。光で情報を運ぶ光通信のように、スピン波で情報を運んだり情報処理したりしようという試みがなされています。コンピュータなどで使われる半導体素子における電気的な情報転送処理にはジュール損失が伴いますが、スピン波を利用することでジュール損失がない効率の良い素子が生まれると期待されています。
 スピン波を利用するにはスピン波の従う法則を明らかにする必要があります。スピン波も波の一種なので、光の進行を記述するスネルの法則がスピン波に適用できるのでしょうか?
 京大のグループは2014年に、磁性体中の段差をスピン波が通過するとその波長が変化し、この際の波長変化がスネルの法則を満たすことを電気的手法で明らかにしていました(Appl. Phys. Express 7, 053001 (2014).)。

図1 スピン波の概念図。赤矢印がスピンを示しています。隣り合うスピンが異なった位相で運動することで、全体としてスピンの波が形成されます。このスピン波は光と同様に情報を運ぶことができると考えられています。

 

2.研究手法・成果

 試料はNi81Fe19合金薄膜であり、厚さが60nmと30nmの2つの領域があります(図2)。CPWと書かれている部分に流れる交流電流で生じる交流磁場によってスピン波が生成しNi81Fe19合金薄膜(60nm)を段差に向かって進んでいきます。今回の実験では、スピン波の挙動をレーゲンスブルグ大学の時間分解磁気顕微鏡によって直接観察することで、スピン波の屈折を観測することに初めて成功しました(図3)。段差をスピン波が通過する際に、屈折し波長が短くなる様子がわかります。

図2 試料概念図。試料はNi81Fe19合金薄膜であり、厚さが60nmと30nmの2つの領域があり、その境界でスピン波の屈折が起こります。CPWと書かれている部分に流れる交流電流で生じる交流磁場によってスピン波が生成しNi81Fe19合金薄膜(60nm)を段差に向かって進んでいきます。CPWはCoplaner wave guideの略で高周波電流を効率よく運ぶためのものです。赤矢印(H)は外部磁場方向を示します。
 
図3 スピン波の屈折の直接観察。段差をスピン波が通過する際に、屈折し波長が短くなる様子がわかります。

 

 図4は実験結果から求めたスピン波の入射角と屈折角です。赤丸と青丸が実験結果で、入射角が大きくなると光に対するスネルの法則(オレンジ線)では説明できないことがわかります。緑線は今回新たに導いたスピン波に対するスネルの法則であり実験結果を再現しています。

図4 スピン波の入射角と屈折角の関係。赤丸と青丸が実験結果で、オレンジ線で示された光に対するスネルの法則では説明できないことがわかります。緑線は新たに導いたスピン波に対するスネルの法則であり実験結果を再現しています。
 

3.波及効果

 スピン波を利用するにはスピン波の従う法則を明らかにする必要があります。今回の大きな成果は、実験結果を説明するスピン波に対するスネルの法則を導いたことです。これによりスピン波を利用したデバイスデザインが可能となります。また、磁性薄膜の段差という極めて簡単な構造により、(1)スピン波の進行方向を制御できること、(2)スピン波の波長変換ができること、を示した点は、今後の新しいデバイス提案へつながると期待されます。

 

●用語解説●

ジュール損失: 電気的な情報転送処理のために試料に電圧Vをかけて電流Iを流すとジュール発熱VIが発生します。このエネルギー損失はジュール損失と呼ばれます。スピン波を使った情報転送処理では電流が流れないためジュール損失もありません。

 
この研究成果は、nature physicsphysicsworld.comのニュースで紹介されました。
 
本研究の一部は、科学研究費補助金「特別推進研究」、「学術創成研究費」、「特別研究員奨励費」、「京都大学化学研究所共同利用・共同研究拠点研究」によって支援されました。