タラ海洋探査がもたらした最新のプランクトン情報

緒方 博之教授、パスカル・アンガン客員准教授 

(バイオインフォマティクスセンター 化学生命科学研究領域)

 

 

左から緒方博之教授、パスカル・アンガン客員准教授

 
この研究成果は、2015年5月22日に米国科学誌Scienceに5報の論文として発表されました。
 
  プランクトンは海洋生命を支え、私たちを取り巻く地球環境ととても強い関わりをもっています。化学生命科学研究領域の緒方博之教授、パスカル・アンガン客員准教授らのグループを含む、タラ海洋探査国際学際コンソーシアムは、全地球規模で、微視的プランクトンと物理化学的データを収集し、大規模生命データを生み出しました。そしてこのデータからは、微視的な海洋ウイルスから細菌、動物性プランクトンまで、様々なプランクトンの多様性と生態についての新しい知見が続々と得られています。
 
 今回、タラ海洋探査国際学際コンソーシアムが行った帆船タラ号による探査航海で得られたプランクトンサンプルの一部解析により、大規模な遺伝子カタログが新たに作成されました。この遺伝子カタログは、微生物群(3μm以下)からの遺伝情報と、既存の生物学データベースに登録されている遺伝情報とを合わせて、合計で4千万もの遺伝子から構成されています。このうちの80%が今回の調査により初めてその存在が明らかになった遺伝子です。タラ海洋探査がいかに大規模なものであったかを物語っています。真核生物(原生生物、動物性プランクトン、0.8μm~2mm)の遺伝情報からは、11万の異なる種が海洋プランクトンとして存在していることが分かりました。これまでに知られている種の数(約1万1千種)を大きく上回っています。
 高性能計算機によりプランクトン間の相互作用の解析も行われました。興味深いことに、寄生・共生関係が従来考えられていたよりも多く存在しました。また、物理化学的な環境条件よりも、生物間の相互作用の方が、実はそこに存在する生物の組成を決定するより重要な因子であることも示されました。マクロな世界と同じように、プランクトンの社会もお互いの多様な関係により形成されているのです。
 インド洋の海水が大西洋に入り込む喜望峰沖の地点に生じる渦が、インド洋側プランクトン群集と大西洋側プランクトン群集を分離する作用があることも、遺伝子の解析から分かりました。物理的につながっている海洋なのに、どうしてプランクトン集団の多様性が異なるのか、その一つの理由が提示されたのです。
 タラ海洋探査の特徴は、世界中の海洋において、全てのドメイン(超生物界、生物分類の最上位の階層)にわたり、ウイルスから細菌、原生生物、動物まで、全ての微視的プランクトンを統一された基準で網羅的に採取したことにあります。今回の解析では京都大学化学研究所で金久實特任教授らのグループにより長年開発・提供されてきているKEGGデータベースが利用され、公開された遺伝学的データと環境データは、化学生命科学研究領域が中心になり開発・提供しているゲノムネットウェブサービス(http://www.genome.jp/mgenes/)からも入手できるようになっています。今後、世界中の研究者がタラ海洋データリソースを利用して、地球環境と海洋生態系の関係を明らかにしていくことが期待されています。
 

図:タラ海洋探査(2009~2013)の航路。数字はサンプル地点を示す。
© N. Le Bescot/EPEP/SB Roscoff/CNRS
 

写真:単細胞真核生物(放散虫)。
© Christian Sardet/CNRS/Tara Expéditions
 
 

●用語解説●

 

プランクトン(浮遊生物):水中や水面を漂って生活する生物の総称。タラ海洋探査では、0.1μm以下のウイルスから細菌、数ミリメートルにおよぶ稚魚、動物性プランクトンを研究対象としている。プランクトンは地球上の酸素生産の50%を担い、同時に、海洋生態ピラミッドにおける圧倒的大部分を占め、食物網の基盤として海洋生命を支えている。しかし、プランクトンの多くは微視的な生命体であり、その多様性、生態、機能、地球環境変動との関係については科学的な理解が進んでいない。

 

タラ海洋探査(Tara Oceans Expedition):ドイツ/欧州分子生物学研究所、フランス/フランス国立科学研究センターに所属するエリック・カーセンティー博士、フランス高等師範学校ENSのクリス・ボーラー博士をプロジェクトディレクターとして、フランス、ドイツの研究者が中心となり、スペイン、日本、イタリア、ベルギー、米国、英国の研究者が参加し国際コンソーシアム(タラ・オーシャンズコンソーシアム)を作った。2009年~2013年に採取したプランクトンサンプルを最新の科学技術を駆使して解析し、プランクトンと地球環境の相互作用を理解することを研究目的としている。今回の解析結果は、2009年~2012年の間に採取されたサンプルの一部から得られたデータに基づいている。サンプリング航海はフランスのタラ・エクスペディション財団の協力を得て行われた。

 
 
この研究成果は、NHKのニュースで紹介されました。また、朝日新聞(5月22日 33面)、京都新聞(5月25日夕刊 8面)、産経新聞(5月22日 28面)および日本経済新聞(5月25日 13面)に掲載されました。
 
本研究の一部はJSPS科学研究費助成事業 基盤研究(C)(No.26430184)の補助を受けて行われました。