1価インジウムの発光を酸化物ガラス中において実証~希少元素インジウムの材料科学における新しい展開~

正井 博和助教ら

 

左から正井博和助教、山田泰裕特定准教授

 
この研究成果は、2015年9月1日に英国ネイチャー出版グループのオンライン科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
 材料機能化学研究系 無機フォトニクス材料研究領域 正井博和助教、奥村駿さん(2015年3月修士課程修了)、ナノ界面光機能寄附研究部門 山田泰裕特定准教授(現千葉大准教授)、奈良先端科学技術大学院大学 柳田健之教授、東北大学 藤本裕助教、元素科学国際研究センター 光ナノ量子元素科学研究領域 金光義彦教授、JASRI 伊奈稔哲研究員らの研究グループは、1価インジウムカチオン(In+)の発光を酸化物ガラス中において実証しました。
 
 酸化インジウムは、多様な用途に用いられるレアメタルの酸化物であり、ITOなどの透明導電膜はカーナビやスマホなどのタッチパネルデバイスに広く使われています。しかし、これらに用いられるのは、主に3価インジウム(In3+)であり、熱力学的に準安定状態である1価のインジウム(In+)は、酸化物の構成成分としてほとんど認識されていませんでした。一方で、In+はその電子配置からns2型発光中心を持つ蛍光体に分類されています。しかし、熱力学的に安定でないため、酸化物蛍光体としての発光特性も明らかではありませんでした。
 本研究では、In+発光中心を含有する亜鉛リン酸塩ガラスを作製し(図1)、その発光特性を調査しました。溶融急冷法により作製したIn含有リン酸塩ガラスは、図2に示すような①~③の吸収帯(赤線)を示しました。また、これらの吸収帯に対応する励起帯を黒線で示しました。これらの吸収帯、励起帯は、大気中で長時間溶融することにより消失することから、生成したIn+が安定原子価であるIn3+へ酸化し、光吸収、発光励起帯ともに変化したと考えられます。また、SPring-8におけるX線吸収端分光(XAFS)測定により、リン酸塩ガラス中においてInカチオンの平均的な価数がIn3+より低原子価をとり、また、局所配位状態が組成に応じて変化することを見出しました。一方、得られたガラスにおける蛍光寿命は、ns2型中心のりん光に特徴的なマイクロ秒の時定数を持つことが判りました。以上の成果より、ガラス中にIn+が存在し、その発光特性が実証できたと考えられます。
 興味深い事に、図2に示すように、最も高い励起帯強度を与える吸収帯②は、最も強い吸収帯③と異なっています。通常、りん光は、図中③の状態(一重項励起状態)に励起された電子が、①や②の状態(三重項励起状態)にエネルギーが変化した後、発光します。つまり、一般的な結晶中では室温において、①や②への励起に伴う発光が明瞭には確認できません。今回、室温で確認されたこのような発光・吸収特性は、Inを含有した酸化物ガラスにおける特徴といえます。このように、不規則な局所構造の存在が許容されることが、ランダム構造を有するアモルファス材料の特徴であり、今回の発見は、Inを含有する機能性アモルファス材料の設計にも影響を与えると考えられます。
 本研究は、平成24年度「化研らしい融合的・開拓的研究」、および「化学研究所共同利用・共同研究拠点研究」の研究成果であり、多様な研究分野の融合による成果ということができます。
 
 図1 紫外線(254 nm)照射時の In+ガラスの写真
 
図2 インジウムをドープしたリン酸塩ガラスの光吸収スペクトル(赤線)および蛍光励起スペクトル(黒線)。点線は、それぞれの成分(①~③)を分離したもので、吸収係数の小さい励起帯(①や②の状態)へ励起することによっても、In+に由来する明瞭な発光が確認される。一方、大気中で長時間溶融することにより、安定原子価であるIn3+への酸化が生じ、図中の①~③の光吸収、発光励起バンドとも全て消失する。
 

●用語解説●

 

1価インジウムカチオン(In+): インジウムにおける準安定な原子価であり、酸化物における存在はほとんど実証されていない。蛍光体分野においては、Sn2+やSb3+と同じく基底状態における電子配置が5s2配置をとるため、ns2型発光中心として分類される。

 

X線吸収端分光(XAFS)測定: Mn2+カチオンは、紫外線では直接励起されにくいため、励起されたSn2+カチオンからのエネルギーを受け取ることにより励起される。Mn2+濃度を調整することにより青~白~赤までの発光を連続的に変化させることができる。

 
本成果は、科研費若手研究(A) No. 26709048、平成24年度 化研らしい融合的・開拓的研究「ns2型発光中心を含有する新規酸化物ガラス蛍光体における発光機構の解明」、化学研究所共同利用・共同研究拠点研究「#2013-62、#2014-31」の援助を受けて実施されました。