中性子検出用フッ化物共晶中における希土類元素の局所構造の解明~3Heガスに代わる固体型中性子検出材料における高感度化への道を拓く~

正井 博和助教ら

 


正井博和助教

この研究成果は、2015年8月21日に英国ネイチャー出版グループのオンライン科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
 材料機能化学研究系 無機フォトニクス材料研究領域 正井博和助教、奈良先端科学技術大学院大学 柳田健之教授、東京大学生産技術研究所 溝口照康准教授、JASRI 伊奈稔哲研究員、東北大学 宮崎孝道博士、(株)トクヤマ 河口範明博士、福田健太郎主席らの研究グループは、中性子検出用フッ化物共晶中における希土類元素の局所構造を明らかにしました。
 
 発光中心を含有する蛍光体の応用用途の1つとして、医療・科学・セキュリティなどの幅広い分野で用いられるX線や中性子などの放射線検出用材料が挙げられます。その中でも、従来使用されてきた3Heガスに代わる新しい熱中性子用検出材料として、世界中で6Liや10Bを含有する固体材料の研究がおこなわれています。このような固体検出用材料の中で、近年注目を集めている材料の1つとして、Liを含む低フォノンエネルギーのフッ化物共晶、例えば、LiFとアルカリ土類カチオンのフッ化物から成る組成を有し、Euカチオンを発光中心としてドープした、高い検出能と透明性を併せ持つフッ化物共晶などが挙げられます。しかし、高効率な共晶作製のための重要な要素である実際の発光中心の局所状態については、電子ビームに対するフッ化物材料の耐性が低いこともあり、これまで明らかにはなっていませんでした。
 本研究グループは、得られたLiF-CaF2共晶の微細構造を調査することにより、LiF、CaF2層からなるミクロンオーダーのラメラ型構造(図1(a))が添加するEu濃度の上昇に伴い秩序性を失う傾向にあること、そして、それに伴い透過特性が失われることを確認しました。また、低濃度EuをドープしたLiF-CaF2共晶が、市販の検出用材料(Li-glass)を上回る中性子検出能を有していることを実験的に確かめました。一方、研究グループは、SPring-8におけるX線吸収端分光(XAFS)測定によりEuカチオンの価数がドープ濃度により変化し、また、Eu2+/Eu3+比に発光強度が依存することを見出しました。図1(b)に、測定条件を最適化することで得られた、LiF-CaF2共晶の球面収差走査透過型電子顕微鏡(STEM)像を示します。また、図1(c)~(d)のEDS像、図1(e)の環状暗視野電子顕微鏡(HAADF)像、および、図1(f)に示すEu、Caのカチオン分布の結果から、EuカチオンがLiF層には存在せず、CaF2層に均一に分布していることから、高濃度試料において、Euカチオンは、均一にCaサイトを置換していることが判ります。このことは、高濃度試料における発光特性の低下の原因が、CaF2中のCaサイトに存在するEu間の距離が短くなるためであることを示しています。
 発光は、中性子との反応で生じたLiF層からの二次電子によりCaF2層中のEuカチオンが励起されるという過程で生じます。今回、Caサイトに均一に固溶したEuカチオンがLiF層からのエネルギー移動を経て発光することが実証され、中性子の吸収部と二次電子のエネルギーを用いた発光部を分離することで高効率な発光が実現できることを実証したといえます。また、低濃度における試料においてより高い発光効率を示したことから、均一なラメラ構造とそれによりもたらされる透明性が検出用材料として非常に重要な因子であることを見出しました。
 今回の成果により、固体型中性子検出材料の開発に関する研究がより一層促進され、将来的な高感度検出器の開発につながるものと期待されます。
 
図1 EuカチオンをドープしたLiF-CaF2系共晶の概略図およびSTEM像。(a) 構造の概略図 (b) STEM像、Eu (c)およびCa (d)のEDSマッピング。図(b)、(c)、 (d)において、(Ca,Eu)F2層はLiF層の間に存在する。(e) (Ca,Eu)F2におけるHAADF像、および、(f) 図(c), (d)中の点線にそったEuとCaの分布の比較。Caが存在しているサイトにEuが存在していることがわかる。
 

●用語解説●

 

熱中性子検出:熱中性子を検出する際には、反応断面積の大きな6Liあるいは10Bを含有する材料が必須である。3Heガスの枯渇により新規中性子検出用材料が現在、世界中で検討されている。

X線吸収端分光(XAFS)測定:SPring-8などの大型放射光施設で発生する強力なX線を用いる分光の一つ。原子と原子の結合距離やイオン化状態に関する情報が得られる。

環状暗視野電子顕微鏡(HAADF)像:電子を用いて構成原子や原子配列を観察するための手法の一つ。今回用いた装置では0.1ナノメートルのものも観ることができる。(1ナノメートルは10億分の1メートル)

 
本成果は、化学研究所共同利用・共同研究拠点研究「#2014-31、#2015-40」,京都大学SPIRITSプログラムの援助を受けて実施されました。