東 正樹 准教授(現東工大)、陳 威廷 博士研究員、関 隼人さん、岡 研吾 博士(現東工大)、島川 祐一 教授ら「温めると縮む新材料を発見 -既存材料の3倍収縮、精密機器の位置決めに威力-」 (2011年6月14日 「Nature Communications 電子版」に掲載)

平成23年6月 トピックス

東 正樹 准教授(現東工大)、陳 威廷 博士研究員、関 隼人さん、岡 研吾 博士(現東工大)、島川 祐一 教授ら

(元素科学国際研究センター 無機先端機能化学研究領域)


主要な実験を担当した陳 威廷 博士研究員(右)と関 隼人さん(左)

この成果はNature Communications電子版(6月14日公開)に掲載されました。

 附属元素科学国際研究センター、無機先端機能化学研究領域の東 正樹 准教授(現東京工業大学応用セラミックス研究所教授)、陳 威廷 博士研究員、関 隼人 さん(修士課程2年)、Michal Czapski さん、Smirnova Olga 博士、岡 研吾 博士(現東京工業大学応用セラミックス研究所特任助教)、石渡 晋太郎 博士(現東京大学大学院工学研究科特任准教授)、島川 祐一 教授らの研究グループは、室温付近で既存材料の3倍以上の大きさの「負の熱膨張」を示す酸化物材料を発見しました。

 ほとんどの物質は温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大します。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では、このわずかな熱膨張が問題になります。そこで、昇温に伴って収縮する「負の熱膨張」を持つ物質によって、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)することが行われています。しかし、現状では負の熱膨張を持つ物質の種類が少なく、温度上昇1度当たり100万分の25(-25×10-6 / ℃)と、小さいことが問題でした。

 今回の研究は、図1に示す「ペロブスカイト」という構造を持つ酸化物Bi0.95La0.05NiO3が、室温から120℃の温度域で、温度上昇1度当たり100万分の82(-82×10-6 / ℃)という、マンガン窒化物を基本とする既存材料の3倍以上の負の線熱膨張係数を持つ事を発見したものです。

 母物質のニッケル酸ビスマス(BiNiO3)は、ビスマス(Bi)の半分が3価、残りの半分が5価という、特異な酸化状態を持っています。ラザフォードアップルトン研究所での中性子回折実験と、大型放射光施設SPring-8での放射光X線吸収実験から、この物質を加圧すると、ニッケル(Ni)の電子が一つ5価のビスマスに移り、ニッケルの価数が2価から3価に変化し、酸素をより強く引きつけるようになることが分かりました。この際、ペロブスカイト構造の骨格をつくるニッケル—酸素の結合が縮むため、圧力の効果以上の体積収縮が起こります。

図1 BiNiO3の低圧・低温(左)と、高温・高圧(右)の結晶構造。

 さらに、ビスマスを一部ランタン(La)で置換すると、Bi5+が不安定になり、昇温によって同様の変化を起こせることも分かりました。この際にも、ニッケル—酸素結合の収縮に伴って、120℃の温度範囲に渡り、約3%の体積収縮が起こります。この変化は徐々に起こるので、広い温度範囲にわたって連続的に長さが収縮する、負の熱膨張につながっています。SPring-8の放射光X線回折実験で求めた微視的な格子定数変化と、図2に示す歪みゲージを用いた巨視的な試料長さの変化の両方で、負の熱膨張を確認しました。

図2 歪みゲージで測定した、Bi0.95La0.05NiO3の長さの温度変化。7~127 ℃の範囲で負の熱膨張が起こっており、その線熱膨張係数は既存材料の3倍以上の-82×10-6 / ℃であることが分かる。

 負の熱膨張が現れる温度域が、ビスマスに対するランタンの量を増やすことで下降、減らすことで上昇と、自在にコントロールできることや、絶縁体から金属への転移を伴うこともこの材料の特徴です。

 今回、新たに発見された負の熱膨張材料は、精密光学部品や精密機械部品など、既存の負の熱膨張材料が担っていた様々な分野での利用が期待されます。大きな負の熱膨張を持つため、樹脂中に少量分散させることで、加工性に富む「ゼロ熱膨張材料」の開発につながることも期待されます。それに加えて、絶縁体—金属転移を伴うことから、長さの変化を電気抵抗の巨大な変化に変換する、高精度のセンサー材料への応用へつながることも考えられます。

 なお、本研究は、高輝度光科学研究センターの水牧 仁一朗 副主幹研究員、河村 直已 副主幹研究員、日本原子力研究開発機構の綿貫 徹 研究副主幹、広島大学大学院理学研究科の石松 直樹 助教、ラザフォードアップルトン研究所のMatthew G. Tucker博士、エジンバラ大学のJ. Paul Attfield教授との共同で行なわれたものです。

この成果はNature Communications電子版(6月14日公開)に掲載されました。

朝日新聞(6月15日 34面)、京都新聞(6月15日 25面)、日経産業新聞(6月16日 11面)などに掲載されました。

●用語解説●

負の熱膨張:通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負の熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。

ペロブスカイト:一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

線熱膨張係数:温度を1 ℃変化させたときの、長さの相対的な変化量。

中性子回折実験:物質の構造を調べる方法。原子炉や加速器で生み出される中性子を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

X線吸収実験:連続的なスペクトルを持つ放射光X線を、エネルギーを変化させながら試料に照射し、透過してきたX線の強度を分析することで原子の価数や電子状態についての知見を得る。

放射光X線回折実験:物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

格子定数:結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。この変化が、物質の巨視的な長さの変化につながる。

歪みゲージ:試料に貼り付け、その長さの変化を電気抵抗の変化に変換する装置。

ゼロ熱膨張材料:温度を変化させても伸び縮みしない材料。ナノテクノロジーを支える精密な位置決めのために重要。正の熱膨張を持つ物質と負の熱膨張を持つ物質を組み合わせることで実現する。