iCeMS 化研・選出選任研究者 上杉志成 教授ら「脂肪合成を阻害する化合物の発見」(09/8/28「Chemistry&Biology」誌にて発表)
平成21年9月 トピックス
上杉志成教授ら
(世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラム
「物質ー細胞統合システム拠点」化研・選出主任研究者
:ケミカルバイオロジー研究領域教授)
上杉教授
(2009年8月28「Chemistry & Biology」で発表)
「物質ー細胞統合システム拠点」化研・選出主任研究者である上杉志成教授、米ベイラー医科大学サリ・ワキル教授、東京大学酒井寿郎教授らの研究グループは、体内で脂肪の合成を妨げる化合物を発見しました。これは上杉教授が収集した3万種類の化合物の中の1つで、メタボリック症候群の治療薬開発の足がかりになる成果であると各誌面にとりあげられ、大きな反響をよんでいます。
体内で炭水化物から脂肪が作られる時には、数多くの酵素が関与しています。これらの酵素の発現を制御しているのが、SREBP(sterol regulatory element-binding protein)というタンパク質です。いわば、SREBPは脂肪合成を指令するタンパク質。今回の研究では、この司令塔の働きを抑えて脂肪合成を根元から阻害する化合物を見つけ、ファトスタチンと名づけました。ファトスタチンとその誘導体は、研究試薬として、また脂肪関連疾患の治療薬として期待されます。
(図)ファトスタチン
私たちの研究室では、脂肪細胞の分化を阻害する合成化合物を2003年に見つけ出していました。今回の研究では、そのうちの一つの化合物に着目し、有機化学・生化学・細胞生物学・分子生物学の手法を駆使して、その作用を解析しました。詳細な研究の結果、この合成化合物は、SREBPの活性化を抑制して脂肪合成に必要な遺伝子の発現をおさえていることが分かり、この化合物をファトスタチンと名づけました。
この分子はどのようにして脂肪合成の司令塔SREBPの活性化を抑制するのでしょうか。細胞が脂肪を作らないとき、SREBPは細胞内の小胞体にあります。脂肪の合成が必要になると、SCAP(SREBP cleavage-activating protein)というタンパク質によってゴルジ体の膜上に運ばれ、そこでプロテアーゼによって切り離されて核内に移行します。核内に移行すると、脂肪合成に必要な遺伝子に結合して、転写を活性化するのです。私たちの研究によると、ファトスタチンは小胞体に局在して、SCAPに結合することが示唆されました。SREBPの運び屋であるSCAPに結合することで、SREBPが小胞体から動けなくなり、ファトスタチンはSREBPの活性化プロセスを抑制することが分かってきました。これによって脂肪合成に必要な遺伝子が転写されず、新たな脂肪の合成が阻害されます。
この化合物をマウスに投与すれば、マウスは脂肪を合成できなくなるはず。遺伝子操作により食欲調節機能を欠いたマウスに、約1ヶ月間過剰量の餌を与え、ファトスタチンの注射投与による効果を調べました。マウスの過食による体重増加は、ファトスタチン処理によって12%抑制され、高血糖や脂肪肝なども改善されました。マウスの肝臓を調べてみると、ファトスタチン処理によって脂肪合成に重要な酵素の発現量は減少していました。つまり、ファトスタチンは動物の肝臓中のSREBPの活性化を阻害し、脂肪合成を抑制していると考えられます。
生理活性小分子はこれまで、生物の複雑な営みを解明する道具として利用されてきました。ファトスタチンはSREBPの活性化を阻害する初めての合成分子。ファトスタチンとその誘導体は、代謝疾患の理解や、代謝疾患に対する新しいメカニズムの治療薬の開発に役立つと期待されます。
・朝日新聞(8月28日朝刊1面)、読売新聞(8月28日朝刊37面)、日本経済新聞(8月28日42面)、The Japan Times(2009年8月29日2面)、京都新聞(8月28日朝刊30面)他に掲載されました。