小野教授ら「磁気コアの向きを電流で反転させる技術」開発(07/3/18発表)

平成19年3月18日

小野 輝男 教授ら


右から小野教授、小林助教授、山田氏、葛西助手

 小野 輝男教授(材料機能化学研究系 ナノスピントロニクス)、小林 研介助教授、葛西 伸哉助手、大学院生 山田 啓介氏は、電気通信大学 仲谷 栄伸助教授、大阪大学 河野 浩助教授、フランス国立科学研究所 茶町アンドレ博士らとの共同研究で、円盤状ナノ磁性体(以下磁性ナノドット)の中心に現れる磁気コアの向きを、電流を用いて反転させる技術を開発した。

 磁性ナノドット中の磁気コアの向きを反転させる手法は、これまでは磁界を用いたものしか知られていなかった。この場合非常に大きな磁界が必要とされており、磁気コアの向きを情報とするデバイス作製は事実上不可能であった。


図1 磁性ナノドットを用いたMRAMのイメージ

 研究チームは、電流によって磁気コアの回転運動を誘起することに成功していた(Phys. Rev. Lett., 97 (2006) 107204)。今回、その回転速度が一定値を超えると磁気コアが反転することを理論およびシミュレーションで予想し、実験で実証した。直径1ミクロン、厚さ50nmのナノドットのコア反転に必要な電流は 10ミリアンペア程度であり、コアの反転時間は数 十ナノ秒であった。ドットを小さくすることでより小さな電流で速くコア反転させることが可能である。
 磁性ナノドット内の磁気コアの向きは、TMR素子を用いて読み出すことが可能であるため、本技術を用いることで磁性ナノドットを用いたMRAMなどのデバイス開発が可能となった。
本研究成果は、平成19年3月18日付けの英国科学誌「Nature Materials (電子版)」に発表された。

◆研究の背景と経緯

 磁性ナノドット中には磁気渦構造があらわれ、その中心には磁気モーメントがドット面に対して垂直方向を向く直径数ナノメートルの磁気コアが存在することが京大グループにより示されていた(図1、Science 268 (2000) 314)。この報告後、磁気コアの向きを利用したメモリが提案され、MTJ素子を利用することにより磁気コアの向きの読み出しが可能であることが指摘されていた。しかしながら、磁気コアの向きを磁界で反転するには3000 Oe 程度の非常に大きな磁界が必要であり、各ビットに対してこの大きな磁界を発生する装置を付加したメモリは現実的ではなかった。

図2 磁気渦構造概念図(左)と磁気力顕微鏡による磁気コア観察結果(右)
(左)矢印は磁気モーメントの向きを表す。ドット面では磁気モーメントは円周に沿った方向を向いているが、ドット中心ではドット面に垂直方向を向く。
(右)ドット中心の白または黒のコントラストは、コアの向きに対応する。

◆研究内容

 研究チームは、磁気渦状態に適切な周波数を持つ交流電流を印加すると、電流と磁気コアの相互作用によって磁気コアがドットの中で回り始めることをシミュレーションによって見出し(図3)、磁性ナノドットの電気抵抗の交流電流周波数依存性測定を行うことで、この磁気コアの共鳴励起現象を実験的に捉える事に成功した(Phys. Rev. Lett., 97 (2006) 107204)。


図3 電流による磁気コアの共鳴励起

今回、詳細にシミュレーションを行った結果、励起電流を大きくすると磁気コアの向きが反転する現象を見出した。
図4に磁気コアが反転する際のシミュレーション結果を示す。時刻0でドット中心に位置する磁気コアは、交流電流印加によって中心から離れ円運動を始める。このとき、元の磁気コアとは逆向きのディップが回転運動の内側に現れ、このディップが引き金となって磁気コアが反転する。反転した磁気コアはディップと合体し、逆方向に回転を始める。
この電流による磁気コア反転現象を磁気力顕微鏡によって観察した結果が図5である。図5aは試料の原子間力顕微鏡像であり、円形の白破線内に磁性ナノドットが存在する。この磁性ナノドットに励起電流を流すための端子が左右に付随している。図5bは励起電流を流す前の磁気力顕微鏡像であり、磁気円盤の中心に暗コントラストが観察される。この暗コントラストは磁気コアの向きが図4aのように紙面垂直を向いていることを示している。図5cは励起電流を流した後の観察像であり、磁気円盤中心のコントラストが反転し明るくなっている。これは磁気コアの向きが反転したことを示している。

図4 電流による磁気コア反転のシミュレーション結果
色は各場所の磁気モーメントのドット面内方向をあらわす。ドット中央部の突起は、磁気モーメントの垂直方向の立ち上がりを示す。


図5 磁気コア反転のMFM観察結果