シリコン基板上でペンタセンの平行配向膜を初めて実証

本研究成果は、2019年1月24日に国際学術雑誌「Scientific Reports」にオンライン公開されました。
 京都大学化学研究所の塩谷暢貴助教、下赤卓史助教と長谷川健教授の研究グループは、マーディーリチャード助教と中尾一登氏(当時、大学院生)の研究グループ、千葉大学の吉田弘幸教授、JASRIの小金澤智之博士、神戸大学の枝和男准教授との共同研究で、代表的な有機半導体材料であるペンタセンの平行配向膜をシリコン基板上で実証しました。
 
 有機エレクトロニクスの分野では、薄膜デバイスの活性層に使われる有機半導体薄膜材料の構造–物性相関を明らかにすることが近年の重要課題となっており、デバイスの使用目的に応じて、選択的に分子の配列(分子配向)を制御する技術が求められています。しかし、一般的に、剛直な縮環構造からなる低分子有機半導体は薄膜中で高い自己凝集性を示し、一次化学構造によって分子配向は一意に決まってしまいます。例えば有機薄膜トランジスタの標準物質として名高いペンタセンを固体基板上に蒸着すると、直ちに結晶化が起こり、それによって分子が基板に対して垂直に立ち上がった配向構造を形成します。この高い凝集特性のため、これまでペンタセンの平行配向がシリコンのような実用的な基板上で見つかった例はありませんでした。
 我々のこれまでの研究で、平行配向は低結晶性(非晶質)薄膜中で生じることを多くの有機半導体の例を通じて明らかにしています。これは、“平行配向は1分子としての性質である”と解釈でき、平行配向膜を形成するためには、薄膜中での分子の結晶化を速度論的に抑制することが鍵となります。
 この考察に基づき、本研究では、基板温度を低温にして製膜を行い、分子の基板上での拡散運動を抑制することで、ペンタセンの平行配向が実現できると考えました。こうして作製した薄膜を、本研究室で独自に開発したp偏光多角入射分解分光法(pMAIRS)を用いて構造解析した結果、ペンタセンの平行配向が準安定相として存在することを初めて明確に実証しました(図参照)。これまで低温蒸着膜中ではペンタセンは非晶質であると長年信じられてきましたが、この描像を塗り替えることができたという点も重要です。この結果は、これまで配向制御が困難であった剛直な低分子材料の薄膜構造の設計に新たな指針を与えるものです。
 

●用語解説●

分子配向:有機分子は固体基板上で特定の向きに配列する。このときの分子の向きを分子配向といい、薄膜中での電荷輸送の方向に影響し、使用するデバイスへの適性を決める。

 

pMAIRS多変量解析を計測理論の原理に用いた分光法で、赤外や可視吸収分光法と組み合わせることで薄膜面内および面外の吸収スペクトルを、同一の試料から得ることができる。得られたスペクトルの強度比から、薄膜中での分子配向を定量的に解析できる。非平滑な薄膜についても高い解析精度を維持するユニークな手法としても知られる。