初めての安定なスズ核置換ベンゼン誘導体の合成
〜新たな低配位スズ導入試剤として期待〜

藤森詩織氏(大学院生)、水畑吉行准教授、時任宣博教授

(物質創製化学研究系 有機元素化学研究領域)

 

藤森詩織氏(大学院生)、水畑吉行准教授、時任宣博教授(写真左より)

本成果は、20181116日に国際学術雑誌Chemistry – A European Journal誌に掲載され、VIP (Very Important Paper)およびCover Pictureに選出されました。また関連する先行研究が2018117日に国際学術雑誌Dalton Transaction誌に掲載されFront Coverに選出されました。 
 京都大学化学研究所 藤森詩織氏(大学院生)、水畑吉行准教授、時任宣博教授らのグループは、ベンゼンの骨格炭素一つをスズに置き換えたスタンナベンゼンの発生およびそのスペクトル観測に成功(卒業生の能田直弥氏、金里脩平氏との成果)し、続く還元剤による置換基の脱離反応によりフェニルアニオンのスズ類縁体であるスタンナベンゼニルアニオンを安定な化合物として合成・単離することに初めて成功しました。
 
概要
 ベンゼン環上の炭素原子を炭素と同じ14族の高周期元素すなわち「重い元素」(ケイ素・ゲルマニウム・スズ・鉛)に置き換えた「重いベンゼン」は、その芳香族性に対する関心から非常に古くから実験・理論の両面から研究が行われてきました。しかしこれらの化合物は非常に高反応性の化学種であり、例えばベンゼン環の構成炭素を一つケイ素に置き換えたシラベンゼン(HSiC5H5)は–200 ºCというごく低温でさえも自己多量化反応によって分解してしまいます。我々の研究グループではこれまでに非常にかさ高い置換基であるTbt基(図参照)などを用いた自己多量化の抑制によって、シラベンゼンおよびゲルマベンゼンを室温でも取り扱える安定な化合物として合成・単離することに成功してきました。
 しかし、さらに高周期の14族元素であるスズを導入したスタンナベンゼンは、スズ−炭素結合が著しく伸長することによって保護効果が減少すること、またHOMO-LUMOエネルギー差が小さくなることによって多量化反応が進行しやすい、などの要因からその合成は容易でなく、Tbt基の導入だけでは二量体の形成を確認するに留まっていました。[Mizuhata, Y.; Noda, N.; Tokitoh, N. Organometallics 2010, 29, 4781–4784]
 本研究では、含スズ芳香環のスズ原子の隣接炭素元素上にも置換基(t-Bu基)を導入することで二量化反応を抑制することが可能であることを見出し、スタンナベンゼン単量体Aと二量体Bの平衡混合物を得ることに成功しました(Dalton Trans.誌)。これにより初めてスタンナベンゼン単量体のスペクトル測定が可能になったばかりでなく、既にゲルマベンゼンで見出している還元的脱アリール化反応[Mizuhata, Y.; Fujimori, S.; Sasamori, T.; Tokitoh, N. Angew. Chem. Int. Ed. 201756, 4588–4592]の適用によって、フェニルアニオンのスズ類縁体であるスタンナベンゼニルカリウム(C)を合成・単離することができました(Chem. Eur. J.誌)。化合物Cは初めての室温で単量体として単離可能なスズ核置換ベンゼン誘導体であり、ゲルマニウムの系と同様にかさ高い置換基がないにも関わらず、アニオン電荷による静電反発によって単量体が安定化されていると考えています。誘導化を阻害するかさ高い置換基がなく、かつアニオン電荷を有することから、スタンナベンゼン骨格の導入試剤として有用であると考えられ、実際に求電子剤との反応によって新規なスタンナベンゼンの形成が可能であることも見出しています。本研究による知見は、スタンナベンゼン環を組み込んだ新規な機能性分子の設計・開発に寄与するものと期待されます。
 

●用語解説●

高周期元素/「重い元素」:元素周期表における横の並びを周期という。有機化学においては第一および第二周期の元素を取り扱うことが多いが、第三周期以降の元素をここでは総称して高周期元素と呼ぶ。周期が高くなれば、必然的に元素の原子量は大きくなることから、「重い元素」となる。

 

芳香族化合物/芳香族性一般には[4n+2] (n = 0, 1, 2, …)個のπ電子(ベンゼンでは6個)からなる環状共役構造をもつ化合物群のことを芳香族化合物と称し、これらの構造が特に安定になること(ヒュッケル則)が知られている。芳香族化合物群は、その際だった安定性以外にも、構造、反応性、磁気的性質等に特徴ある性質を示すが、それらを総合して「芳香族性」を持つという。