金属の磁性を電界で制御するためのミクロなメカニズムを解明

本成果は、2018年4月3日に米国科学誌「Physical Review Letters」にオンライン公開されました。 
 京都大学化学研究所の山田貴大研究員(現ラドバウド大学研究員)、小野輝男教授、高輝度光科学センターの鈴木基寛主幹研究員、東京大学大学院工学系研究科の千葉大地准教授、小山知弘助教、三重大学の中村浩次准教授、Abdul-Muizz Pradipto助教、電力中央研究所の小野新平上席研究員らの研究グループは共同研究により、スピントロニクス材料として有用な白金(Pt)に電界を加えることでその磁性を制御できることを、SPring-8を用いた放射光実験で直接観測しました。この実験で得られたX線磁気分光スペクトルを解析することで、電界によるPt内部の電子状態と磁性の変調の関係性を明らかにし、Ptにおける電界効果のミクロなメカニズムを解明しました。今回解明された電界効果の微視的メカニズムは他の磁性金属にも適用可能であるため、新規スピントロニクス材料の開発や将来の超低消費電力磁気メモリへの応用にもつながる成果です。
 
1. 背景
 材料に電界を加えることによって、その電気的性質や磁気的性質を制御することができます。なかでも磁気特性の電界による制御は、磁気デバイスや磁気メモリへの応用を目指して、2000年初頭から現在まで盛んに研究されています。しかし、磁性金属においては、電界による磁性の変化がどのような仕組みで起るのかについては解明されていませんでした。電界が誘起する現象を、物質内部の電子の状態と結びつけて理解することができれば、より効率的な磁性の電界制御が可能となり、新たなデバイスの開発につながることが期待されます。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、スピントロニクス材料として用いられるコバルト(Co)と白金(Pt)の積層膜を研究対象としました。Ptは身近な貴金属であり触媒としても用いられますが、磁気的な性質にも特徴があります。Ptは単体では磁石の性質はもちませんが、Coなどの磁性体と接合させるとその界面付近のPt原子は磁石になります。研究チームは、このような強磁性状態にあるPtへの電界の効果とその背後にあるメカニズムを調べました。そのための実験方法として、大型放射光施設 SPring-8のBL39XUビームラインを用いて、強電界を加えた場合のPt電極のX線磁気分光測定を行いました。その結果、強電界を加えたことによって誘起されたPtの電子構造と磁性に生じた変化を、X線吸収分光法(XAS)およびX線磁気円二色性(XMCD)を用いてそれぞれ捉えることに成功しました。実験で得られたスペクトルの変化(図2)を解析することによって、電界によるPtの電子構造と磁性の変化が、フェルミ準位の変位および軌道混成の変化というPt内部の電子状態の変化を引き起こすミクロなメカニズムから生じていることを明らかにしました。この実験結果は第一原理計算ともよく一致し、推定されるメカニズムが妥当であることを立証しました。本成果は、材料に電界を加えた条件であっても、目的の元素の磁性や電子状態を高精度に観測できるという、放射光の特色を活用したユニークなものであると言えます。
 
図1:(a) X線磁気分光測定の概略図。試料はPt電極・ゲート電極・イオン液体からなる電圧制御磁気デバイスである。観察対象であるPt製の電極に円偏光X線を照射し、その結果生じる蛍光X線信号を検出する。 右(σ+)、左(σ)円偏光X線の照射により得られる蛍光X線強度の差分であるXMCD信号と、平均値であるXAS信号を測定する。(b) 試料の断面図。Pt電極の材料にはPd/Co/Pt/MgO積層膜が使用されている。ゲート電極とPt電極はイオン液体に覆われており、電極間にゲート電圧VGを加えると、陽イオンおよび陰イオンが両電極表面に蓄積し電気二重層が形成される。電気二重層はナノメートル(10億分の1メートル)という非常に狭い極板間隔のコンデンサに相当するため、イオン液体を利用することで比較的低いゲート電圧で巨大な電界をPt電極に加えることができる。
 
図2:電界を加えた条件下で得られたPtのXMCD(上図)およびXASスペクトル(下図)。差分強度はゲート電圧VG=+6 Vを加えた時の信号からVG=-4 Vを加えた時の信号を差し引いたものに相当する。VGを加えたことによってXMCDスペクトル(磁性)およびXASスペクトル(電子状態)に有意な変化が観測された。この結果を解析し、第一原理計算とも照合することで、差分XAS強度の赤矢印部分がフェルミ準位の変位によって、青矢印部分が主に軌道混成の変化によって、生じていることが明らかになった。
 
3. 波及効果
 本研究で明らかにされた電界効果のミクロな機構は、Pt以外のより一般的な磁性金属に電界を加えたときの現象の説明にも適用できると、研究グループは考えています。この原理を材料設計に応用することで、非常に消費電力の低い磁気メモリ素子や、スピンの流れを利用したスピントロニクス素子開発への貢献が期待されます。
 

●用語解説●

電界効果: 絶縁体を二枚の金属電極に挟んで電圧を加えると、静電的な電荷が各電極の表面に蓄積され、絶縁体と電極との界面には静電界が生じます。このような電荷蓄積によって生じる電界のために物性が変化する現象を電界効果と呼びます。

 

スピントロニクス: 電子の持つ電荷だけでなくスピンの自由度も利用したエレクトロニクスのことを指します。二つの自由度の協奏による新たな現象の発見、電荷の自由度のみでは実現不可能であった性能をもつ電子磁気デバイスの実現が期待されています。

 

大型放射光施設 SPring-8: SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。

 

X線吸収分光法(X-ray Absorption Spectroscopy)、X線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circularly Dichroism): 内殻電子軌道から価電子帯への光学遷移にともなうX線吸収を利用して、特定の原子の電子構造を調査する手法をX線吸収分光法と呼びます。また、円偏光したX線を用いて吸収分光測定を行うことで、磁性体中の電子スピンや電子の軌道運動による磁気的性質を調べることができます。この手法をX線磁気円二色性と呼びます。

 

フェルミ準位: 物質中には多数の電子が含まれますが、パウリの排他原理のため、それぞれの電子は全く同じ値のエネルギー(運動量やスピンも)を持つことはできません。そのため、物質中の電子のエネルギーは低いものから高いものまで分布があります。フェルミ準位とは、最も高いエネルギーを持つ電子のエネルギー準位のことを指します。電気伝導や磁性、化学反応など物質の性質は、このフェルミ準位付近の電子の状態によって左右されます。

 

軌道混成: 量子力学では、電子の状態は、波動関数または軌道と呼ばれる量を使って表されます。エネルギーの近い軌道に重なりがあると軌道どうしが混合して系のエネルギーや状態が変化します。これを軌道混成と呼びます。今回の研究結果では、電界によって軌道同士の重なりが変化して軌道混成が起こったと解釈されます。

 

第一原理計算: 実験的、経験的パラメータを用いず、量子力学に基づいて、物質の電子状態や物性を計算する手法のことをいいます。

 

イオン液体: イオン液体は塩(えん)であるにもかかわらず、常温で液体である物質を指します。イオン液体は、蒸気圧が非常に低く真空でも蒸発せず、電気化学的にも非常に安定であるため、電気化学デバイスのみならず多方面での応用が検討されています。

 

電気二重層: 電気二重層とは電解質と電極界面に形成される、イオンの集まった部分を指します。イオン液体を介して正負電極間に電位差をつけると、電極に蓄積される電荷と逆の符号の電荷を帯びるイオンが電極界面に蓄積されます。界面のイオンと電極表面との距離は数ナノ(10億分の1)メートルであることから、電気二重層の形成によって巨大な電界が電極表面に加わります。

 
 本研究の一部は、科研研究費補助金「特別推進研究」、「基盤研究(S)」、「新学術領域研究:ナノスピン変換科学」、「特別研究員奨励費」、スピントロニクス学術研究基盤連携ネットワーク、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究、京都大学化学研究所共同利用・共同研究拠点研究、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の助成を受けて行われました。また、放射光実験はSPring-8の長期利用課題(実験責任者 小野輝男教授)の一環として行われました。
 
Kihiro T. Yamada, Motohiro Suzuki, Abdul-Muizz Pradipto, Tomohiro Koyama, Sanghoon Kim, Kab-Jin Kim, Shimpei Ono, Takuya Taniguchi, Hayato Mizuno, Fuyuki Ando, Kent Oda, Haruka Kakizakai, Takahiro Moriyama, Kohji Nakamura, Daichi Chiba, Teruo Ono, Microscopic investigation into electric field effect on proximity-induced magnetism in Pt, Physical Review Letters (2018).