多階層計算による非晶有機薄膜中での電荷輸送解析
~電荷移動度の予測が可能に、また、分子レベルでの詳細な電荷挙動の解析も可能に~

本成果は、2016年12月21日に国際学術雑誌Scientific Reports誌にオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所 梶弘典教授、久保勝誠氏(大学院生)、浦谷浩輝氏(学部学生、当時)らのグループは、量子化学計算、分子動力学(MD)計算、動的モンテカルロ(kMC)計算を併用することにより、有機非晶膜中での電荷挙動を分子レベルで明らかにするとともに、電荷移動度を予測することに成功しました。
 

概要

 有機ELは、テレビやスマートフォンなどのディスプレイへの応用、白色照明への応用のみならず、我々の日常生活のあらゆる局面で利用可能な、極めて薄くフレキシブルな表示素子です。有機ELデバイス中では、注入された電荷が印加電界により輸送されますが、効率よく発光するためにはデバイス内部の適切な位置で電荷(正孔と電子)が再結合する必要があります。そのため、基礎科学の面でも、有機ELデバイスの高特性化といった実用化の面でも、デバイス中における電荷輸送現象を明らかにすることは極めて重要です。しかし、有機ELデバイスは結晶膜ではなく非晶膜からできており、非晶構造すら解明されていない現状で、その電荷輸送特性の予測は困難でした。
 今回、我々のグループでは、量子化学計算、MD計算、kMC計算を併用した多階層計算により、有機非晶膜における電荷移動度を予測することに成功しました。本計算法では、任意性のある可変パラメータを一切用いることなく、対象となる分子を設定するだけで、実測の移動度、また、その電界強度依存を定量的に再現することに成功しています。このモデルにより、分子レベルでの電荷の挙動を詳細に調べることも可能となりました。
 今後、多種の有機材料に対して、その汎用性を確認するとともに、有機単層膜から多層膜系へと展開します。それにより、有機ELのみならず、広く有機デバイス中において、機能を発現する過程で何が起こっているのかを基礎的に理解することが可能になると期待されます。このような知の基盤強化により、超スマート社会の実現に大きく寄与することを目指しています。

 
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図:有機分子からなる非晶凝集構造の構築(a)と電荷移動挙動のin silico計算(b, c)。(b) 電荷移動度 μ の電界強度 F 依存性。以前のモデル(J. Mater. Chem. C 2015, 3, 5549)では再現されていなかった実測データ(◆)が、今回のモデル()で精度よく再現されている。(c) 有機非晶薄膜(100 nm)のx軸方向に0.9 Vおよび16.9 Vの電圧を印加したときの電荷の移動経路。電荷として、ここでは正孔の例を取り上げている。
 

●用語解説●

有機EL: 電界を印加することよる発光をエレクトロルミネッセンス(EL)という。特に、有機物質が発光する場合、有機ELと呼ぶ。

 

モンテカルロ法: 数値計算において、乱数を用いた試行により問題の近似解を求める手法。試行回数が増えるほどその近似度は高まる。モンテカルロ法の中で、ある過程の時間発展を計算するために用いられる手法を動的モンテカルロ法という。

 

多階層計算: 異なる時空間スケール(ナノメートルからマイクロメートル,ピコ秒からミリ秒など)にまたがる現象・問題を対象とした計算。ここでは、量子化学計算、MD計算、kMC計算を併用することにより、異なる空間スケールでの計算を行っている。